第19章 夏休みの宿題は、最終日に泣きながらやるのが伝統芸能
第19章 夏休みの宿題は、最終日に泣きながらやるのが伝統芸能
1.現実への帰還と絶望の山
軽井沢でのクマ遭遇事件から生還し、俺たちは東京に戻ってきた。
駅のホームで解散する時、三人のヒロインたちは名残惜しそうに俺を見ていた。
「順、また学校でね。……宿題、終わった?」
「ご主人様、もし手伝いが必要なら、いつでも呼んでくださいね(私の部屋に監禁してあげるから)」
「鷹井くん、風紀委員として宿題の未提出は許しませんよ?」
彼女たちの言葉が、俺の胸に鋭いナイフのように突き刺さる。
そう、俺はまだ、夏休みの宿題に手をつけていない。
読書感想文、自由研究、数学ドリル、英語のワーク……。
これら全てが手つかずのまま、夏休みは残り3日となっていた。
「……終わった。俺の夏休みが、いや、人生が終わった」
帰宅後、俺は自室の机の上に積み上げられたプリントの山を見て、絶望していた。
自業自得だ。アプリに振り回されて、勉強する暇がなかったのだ(言い訳)。
そこで、俺の視界に入ったのは、机の上に置かれたスマホだった。
悪魔の囁きが聞こえる。
『アプリを使えば、楽勝じゃね?』
俺は震える手でアプリを起動した。
あるはずだ。便利な機能が。
『新機能:【オート・ライティング(自動筆記)】』
『効果:スマホを持った手が勝手に動き、超高速で課題を終わらせます』
『注意:内容はAIがネット上の情報を元に生成します』
これだ!
神機能きた!
俺は歓喜の声を上げ、ペンを握った右手にスマホをテープで巻き付けた。
2.読書感想文の暴走
まずは最大の難関、読書感想文だ。
課題図書は『老人と海』。読んでない。あらすじすら知らない。
だが、AIなら完璧な感想文を書いてくれるはずだ。
「頼むぞ、オート・ライティング!」
スイッチオン。
キュイイイイン!
俺の右手がモーターのように唸りを上げ、猛烈なスピードで原稿用紙の上を走り始めた。
速い! 残像が見えるレベルだ!
あっという間に5枚の原稿用紙が埋まった。
俺は満足げに読み返した。
『タイトル:老人と海と私と触手』
『本文:老人は海に出た。そこには巨大なカジキマグロがいた。しかし、真の敵はカジキではなく、深海から現れた古き神々(クトゥルフ)であった。老人は叫んだ。「いあ! いあ!」と。彼の精神は崩壊し、海と一体化することで新たな進化を遂げたのである……』
「ジャンルが変わってるうううう!!」
なんでホラーになってんだよ! クトゥルフ神話かよ!
ネット上の二次創作情報を拾ってしまったらしい。
こんなの提出したら、国語の先生に除霊を勧められる。
3.自由研究という名の禁忌
気を取り直して、次は自由研究だ。
テーマは自由。なら、簡単な実験レポートでいいだろう。
『テーマ:身近な植物の観察』と入力してスタート。
俺の手がスケッチブックに猛烈な勢いで絵を描き始めた。
完成したのは――
『観察対象:マンドラゴラ』
『特徴:引き抜くと叫び声を上げ、聞いた者を即死させる。根っこは人型をしており、非常にセクシーである』
絵がリアルすぎる! しかも根っこの部分が無駄に艶かしい!
身近な植物じゃない! ファンタジー植物だ!
「ダメだ……このAI、中二病が入ってる……」
俺は頭を抱えた。
このままでは全教科アウトだ。
その時、部屋のドアがノックされた。
「兄官殿、入ります」
美咲だ。
彼女は俺の机の惨状(クトゥルフ感想文とマンドラゴラの絵)を見て、冷ややかな視線を送った。
「……兄官殿。夏休みの終わりに、魔導書の作成ですか?」
「違う! 宿題だ! AIが暴走したんだ!」
「はぁ……。仕方ありませんね。私が手伝います」
美咲が腕まくりをした。
救世主現る!
だが、美咲の手には、なぜか軍用の作戦ボードが握られていた。
「作戦名『オペレーション・ラストスパート』を開始します。目標、全課題の殲滅。睡眠時間はゼロと想定します」
「スパルタかよ!」
4.ヒロインたちの襲来と宿題合宿
美咲の指導(監視)の元、地道に宿題を進めていると、インターホンが鳴った。
モニターを見ると、乃愛、里奈、カンナ先輩の三人が立っていた。
手には参考書やノートを持っている。
「ご主人様、宿題が終わっていないという電波を受信しましたわ」
「順、手伝ってあげる! 一緒にやろ!」
「監視員バイトのお礼に、勉強を教えてあげます」
なんでバレてるんだ!
美咲が舌打ちをしてドアを開けた。
「……援軍ですか。まあ、数が多いほうが制圧は早いでしょう」
こうして、俺の部屋で「地獄の宿題合宿」が始まった。
狭い部屋に5人。熱気がすごい。
「順くん、ここの計算間違ってるわよ。……罰として、デコピンね♥」
「順、英語の翻訳これであってる? 『I love you』は『月が綺麗ですね』じゃなくて『順を食べちゃいたい』だよね?」
「鷹井くん、歴史の年号は語呂合わせよ。『1192(いいくに)作ろう鎌倉幕府』じゃなくて『1192(いいくに)作ろう鷹井くんとの家庭』よ」
勉強にならない!
煩悩と歪んだ知識ばかりが注入される!
さらに、アプリが『勉強会モード』を勝手に起動し、部屋のBGMを「ムーディーなジャズ」に変えたり、照明を薄暗くしたりして妨害してくる。
「暗くて字が見えない!」
「あら、なら近づけばいいじゃない?」
乃愛が密着してくる。
里奈が反対側から抱きつく。
カンナ先輩が背中におんぶしてくる。
美咲が冷たい視線でストップウォッチを押す。
「……集中力が散漫です。兄官殿、腕立て伏せ100回追加」
「なんでだよ!!」
5.提出日の奇跡
翌朝。
俺たちはボロボロになりながら、なんとか全ての宿題を終わらせた。
感想文は美咲が検閲して書き直し、自由研究はカンナ先輩が「風紀におけるスカート丈の考察」という謎テーマでまとめ上げ(俺の名前で提出していいのか?)、ドリルは乃愛と里奈が愛の力で埋めた。
俺はフラフラになりながら登校した。
教室に入り、宿題を提出する。
先生が俺の宿題束を見て、眉をひそめた。
「鷹井……この数学ドリルの回答、全部ハートマークで埋め尽くされているんだが?」
「……え?」
見ると、数式の隙間に『LOVE』『ちゅっ』『順命』といった書き込みがびっしりと……。
乃愛と里奈の仕業だ! 最後にイタズラしやがったな!
「あと、この自由研究。『スカート丈と風紀の相関関係』……内容は素晴らしいが、添付写真がお前自身の女装写真なのはどういう趣味だ?」
「はあああああ!?」
カンナ先輩!? 俺の合成写真を使ったのか!?
教室中が大爆笑に包まれる。
俺は机に突っ伏した。
夏休みは終わった。
だが、俺の「変態伝説」は、2学期も更新され続けることが確定した瞬間だった。




