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第17章 新幹線は愛の超特急、ただし行き先は地獄行き

1.避暑地への招待状という名の召喚状


 夏祭りでの「焼きそば事件」から数日後。

 俺、鷹井順の元に一通の招待状が届いた。

 差出人は『白樺乃愛』。


 『親愛なるご主人様へ。

 軽井沢にある我が家の別荘にて、ささやかな避暑合宿を開催いたします。

 拒否権はありません。もし来なければ、ご主人様の部屋にある「秘蔵の薄い本コレクション」を全世界にライブ配信します。

 追伸:旅費は全てこちらで負担します。最高の夏にしましょうね♥』


 脅迫だ。

 しかも、俺の聖域コレクションを人質に取るとは、悪魔の所業だ。

 さらに悪いことに、この合宿には「ご主人様のお世話係」として相沢里奈と鉄輪カンナ先輩も招待されているらしい。


 俺は泣く泣く荷造りをし、東京駅の銀の鈴広場に向かった。

 そこには、避暑地に行くとは思えないほど気合の入ったファッションの三人が待っていた。


「遅いわよ、ご主人様。……私のこのワンピース、どう?」

「順、見て見て! オフショルだよ! 鎖骨フェチにはたまらないでしょ?」

「鷹井くん……私はその、清楚系で攻めてみたんだけど……」


 乃愛は白いサマードレスに麦わら帽子。お嬢様全開だ。

 里奈は露出高めのオフショルダー。ギャル可愛い。

 カンナ先輩は膝丈のスカートにカーディガン。良家の子女風だ。


 周囲のサラリーマンたちが振り返るレベルの美女軍団。

 その中心にいる、焼きそばマン(俺)。

 視線が痛い。


「さあ、行きましょう。グリーン車を貸し切っておいたわ」


 乃愛が当然のように俺の腕を取る。

 これから始まるのは、優雅なバカンスではない。密室でのサバイバルだ。


2.グリーン車の罠とアプリの『座席シャッフル』


 新幹線に乗り込むと、乃愛の言葉通り、グリーン車の一車両には俺たち以外誰もいなかった。

 貸切だ。財閥の力って怖い。


「席は自由よ。……もちろん、ご主人様は私の隣よね?」

「いや、俺は一人で座りたい。景色を見たいんだ」


 俺は窓側の席を確保しようとした。

 しかし、里奈とカンナ先輩も黙ってはいない。


「ズルい! 私も順の隣がいい!」

「じゃんけんです! 公平にじゃんけんで決めましょう!」


 車内で始まるじゃんけん大会。

 俺はその隙に、アプリを起動した。

 『機能:座席指定ハッキング』……こんな便利なものがあるわけがない。

 あるのは、もっとタチの悪い機能だ。


『移動中イベント検知:長距離移動』

『新機能解放:【座席ルーレット】』

『効果:一定時間ごとに、座席の配置をランダムに入れ替えます。誰の隣になるかは運次第!』

『ボーナス:隣り合った相手の好感度が急上昇します』


 ……は?

 勝手に入れ替えるな! しかも好感度アップとか余計なお世話だ!

 俺がキャンセルボタンを探す間もなく、アプリが起動してしまった。


 ピロン♪

 『シャッフル開始!』


 ブウンッ!

 視界が歪んだ。

 気づくと、俺はいつの間にか席に座っていた。

 右隣には――


「……あら。運命ね」


 白樺乃愛だ。

 左隣には――


「ラッキー☆ 順ゲット!」


 相沢里奈だ。

 そして前の席から振り返っているのは――


「うぅ……私だけハズレ……」


 鉄輪先輩だ。

 結局、いつも通りの包囲網じゃないか!


3.トンネル効果とポッキーゲームの強制


 新幹線が走り出す。

 快適な振動と静かな車内。

 だが、俺の両隣からは、熱い吐息と視線が注がれている。


「ねえ順、お菓子食べよ! ポッキー持ってきたんだ!」


 里奈がポッキーの箱を開ける。

 嫌な予感がする。


「はい、あーん♥」

「自分で食える」

「ダメ! ……じゃあ、ポッキーゲームする?」


 里奈がポッキーの端を咥え、もう片方を俺に向けた。

 顔が近い。

 断ろうとしたその時、新幹線がトンネルに入った。

 車内が少し暗くなる。


 アプリが反応した。

 『環境変化:暗闇』

 『オートスキル発動:【強制ラブハプニング(トンネル編)】』


 ガタンッ!

 車両が揺れた。

 その拍子に、俺の体が里奈の方へ傾く。

 里奈が咥えていたポッキーの先端が、俺の唇に触れた。


「んっ!」

「!?」


 ポッキーが折れる音。

 唇が触れた――かと思ったが、ギリギリで乃愛の手が間に割って入った。


「ストップ! 不潔よ!」

「痛っ! 乃愛、指噛んじゃった!」

「ご主人様の唇を守るためなら、指の一本くらい犠牲にするわ」


 乃愛が俺を守った(?)。

 しかし、その代償として、乃愛は俺の耳元で囁いた。


「助けてあげたんだから……お礼は『膝枕』でいいかしら?」

「えっ」

「トンネルを出るまで、私の太ももを枕にしなさい。……拒否権はないわ」


 乃愛が強引に俺の頭を引き寄せ、自分の太ももに乗せた。

 柔らかい。いい匂いがする。

 だが、これは羞恥プレイだ!

 上を見上げると、乃愛が慈愛に満ちた(ヤンデレ特有の)表情で俺を見下ろしている。


「いい子ね……そのまま眠りなさい……永遠に……」

「永眠させようとするな!」


4.ルーレット再び、そして車内販売の悲劇


 『シャッフルタイム!』


 ピロン♪

 再び視界が歪む。

 今度は、俺の席が変わっていた。

 俺は――3人掛けシートの真ん中にいた。

 右にカンナ先輩。左に乃愛。

 里奈は通路を挟んだ反対側だ。


「鷹井くん……隣だね」

「先輩、助けてください。俺の精神力が持ちません」


 カンナ先輩は顔を赤らめながら、モジモジしている。

 彼女の手が、そっと俺の手の甲に触れた。


「……手、繋いでもいい?」

「えっ、あ、はい……」


 普段は厳しい風紀委員長の、このギャップ。

 少しドキッとした俺を殴りたい。これはアプリの効果だ。

 しかし、平和な時間は続かなかった。


「ワゴン販売でーす」


 パーサーのお姉さんがワゴンを押してやってきた。

 俺は逃げる口実を見つけた。

 「コーヒー買います!」


 俺が立ち上がろうとした瞬間。

 アプリが誤作動した。

 『対象認識エラー:ワゴンを「ライバル」と誤認』

 『迎撃システム起動:【アイスクリーム・ミサイル】』


 ワゴンの上段にあった「スゴイカタイアイス」が、物理法則を無視して飛び出した!

 砲弾のように射出されたアイスが、俺の顔面に向かってくる!


「危ない!」


 カンナ先輩が俺を庇って立ち上がった。

 ドゴォォォン!

 カチカチのアイスが、先輩の胸元に直撃した。


「きゃああっ!?」


 アイスが服の中に入ってしまったらしい。

 冷たい! 硬い!

 先輩が悶え苦しむ。


「つ、冷たいぃぃ! 取って! 鷹井くん、取ってぇぇ!」

「ええっ!? 無理です! セクハラです!」

「緊急事態よ! 許可するわ! 早く!」


 俺は震える手で、先輩のカーディガンの襟元に手を伸ばした。

 柔らかい感触。冷たいアイス。

 車内の空気が凍りつく(比喩ではなく)。


「……ご主人様?」

「……順?」


 乃愛と里奈の目が、絶対零度になっていた。


「風紀委員長が……痴女委員長になったわね」

「順……私もアイス入れてほしいな……」


 カオスだ。

 結局、俺はアイスを取り出したが、その代償として全員から「変態」「役得」と罵られ、軽井沢に着くまでの間、針のむしろに座らされることになった。


 軽井沢駅に到着した時、俺はゲッソリしていた。

 爽やかな高原の風が吹いているが、俺の心は冬の日本海のように荒れていた。


「さあ、別荘へ行きましょう。……夜は長いわよ?」


 乃愛が不敵に笑う。

 避暑地合宿。それは、涼むための場所ではなく、熱いバトルのリングだったのだ。


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