第16章 花火大会は『たーまやー』ではなく『修羅場ー』と叫ぶべし
1.浴衣美人と殺人的な人混み
夏休み中盤。
地元の神社の夏祭りに、俺はやってきていた。
目的はただ一つ。屋台の焼きそばとリンゴ飴を買って、速やかに帰宅し、アニメの特番を見ることだ。
しかし、神様もアプリも、俺に焼きそばを食べる権利すら与えてくれないらしい。
「あ、いた! 順ー!」
「見つけましたわ、ご主人様。GPSの精度は良好ね」
「鷹井くん……補導しに来たわけじゃないわよ? たまたまよ?」
人混みの中で、三人の浴衣美人が俺を包囲した。
相沢里奈は、ピンク地に桜の模様が入った、少し丈の短いミニ浴衣。ギャルっぽさと可愛さが同居している。
白樺乃愛は、黒地に金魚が泳ぐシックな高級浴衣。うなじが白く輝き、妖艶なオーラを放っている。
鉄輪カンナ先輩は、紫の矢絣模様という古典的な柄だが、凛とした立ち姿が大和撫子そのものだ。
周囲の男子たちの視線が痛い。「なんだあのハーレム野郎」「焼きそばのソースで汚れちまえ」という呪詛が聞こえる。
「……お前ら、示し合わせたように来るなよ」
「愛の引力よ。……ねえ、私の浴衣、どう?」
乃愛がくるりと回ってみせる。
ここで「似合ってる」と言えばフラグが立つ。「似合ってない」と言えばヤンデレ化して刺される。
俺はスマホを取り出し、対策アプリを起動した。
『ショップ:【冷静沈着サングラス(AR)】……100P』
『効果:視覚フィルターにより、異性の姿が「カボチャ」や「ジャガイモ」に見えるようになり、ドキドキ感を抑制します』
これだ。相手を野菜だと思えば緊張もしないし、褒める言葉も棒読みで済む。
俺は購入し、ARモードをONにした。
シュンッ。
画面越しの彼女たちの顔が、野菜のアバターに変換された。
里奈はトマト、乃愛はナス、カンナ先輩は長ネギだ。
「……うん、すごく新鮮で美味しそうな野菜だね」
「は? 野菜?」
「順、照れ隠し? 独特すぎる表現ね……!」
里奈がポジティブに解釈して抱きついてきた。
トマトが突進してくる!
俺はAR越しのトマトに抱かれながら、無表情でピースした。
2.射的屋の景品は『俺』
「順、射的やろうよ!」
里奈に引っ張られ、俺たちは射的屋の前に来た。
棚にはお菓子やおもちゃが並んでいるが、一番上の特等席には何も置かれていない。
「おじさん! この『特賞』の札は何?」
「ああ、そこは『好きなものを一つあげる』権利だよ」
その言葉を聞いた瞬間、乃愛の目の色が輝いた気がした。
「……好きなもの。つまり、『鷹井順の所有権』も含まれるということね?」
「含まれてねーよ!」
「やるわ。この店のコルク弾、全部買い占めるわ」
乃愛が財布からブラックカードを取り出す(屋台では使えない)。
彼女は現金で弾を山ほど購入し、スナイパーのような構えで銃を持った。
「覚悟しなさい……ご主人様は私が撃ち落とす」
「負けないもん! 順は私がもらう!」
「風紀委員長として、不当な人身売買は阻止します! 私が商品を確保(保護)します!」
バン! バン! バン!
三人が一斉に射撃を開始した。
しかし、彼女たちの狙いは景品ではなく、なぜか俺の周囲を飛び交っている気がする。
「危ない! 俺を撃つな!」
「動かないでご主人様! 魂を撃ち抜こうとしているの!」
物理的にコルク弾が俺の額に命中した。
痛い。
結局、カンナ先輩が「特賞」の札を見事に撃ち落とした。
「やった……! これで鷹井くんは私の保護下に……」
「おめでとうございます! 特賞は『ハワイ旅行』です!」
ズコーッ!
全員がずっこけた。
3.花火クライマックスと『ロマンチック・ブレイカー』
そして、祭りのフィナーレ。花火大会の時間だ。
人混みに流され、俺たちは神社の裏手の高台――いわゆる「告白スポット」に追いやられてしまった。
周囲はカップルだらけ。
俺と三人のヒロイン。
状況は最悪だ。花火が上がった瞬間、吊り橋効果と雰囲気で、誰かが暴走して告白してくる可能性が高い。
俺は最後の手段に出た。
アプリの新機能『ロマンチック・ブレイカー(ムード破壊機能)』だ。
『効果:周囲のBGMや環境音を操作し、ロマンチックな雰囲気を台無しにします』
『消費:50P』
これを使って、色気のない音を流せば、告白どころではなくなるはずだ。
俺はスイッチをONにした。
ヒュルルルル……ドンッ!
夜空に大輪の花火が咲いた。
普通なら、ここで「綺麗……」「好き……」となるはずだ。
しかし、アプリが介入した瞬間。
花火の爆発音が変わった。
ドンッ!(ブブーッ!!)
パッ!(オナラの音)
キラキラ……(「残念でしたー!」という間の抜けた声)
「……え?」
「何この音?」
花火が上がるたびに、バラエティ番組のSEのようなふざけた音が響き渡る。
ムードは最悪だ。カップルたちが「えー、何これ」「萎えるわー」と帰っていく。
作戦成功だ!
俺は心の中でガッツポーズをした。
だが、俺の周りのヒロインたちは違った。
「……ふふっ。ご主人様ったら、照れ屋さん」
「え?」
乃愛が俺の肩に頭を乗せてくる。
「私たちが本気にならないように、わざとこんな音を聞かせているのね? ……その不器用な優しさ、逆にキュンとするわ」
「ええっ!?」
里奈も俺の腕を掴む。
「順らしいね! 笑わせてくれようとしてるんでしょ? 楽しい! 最高の思い出だよ!」
カンナ先輩も頬を染める。
「不謹慎ですが……鷹井くんとなら、おならの音さえ愛おしく感じます……」
ダメだ! こいつらの脳内フィルターが強すぎて、ロマンチック・ブレイカーが効かない!
むしろ「ユニークな演出」として好感度が上がってしまっている!
4.最後の一発と妹の影
最後の特大花火が上がる。
ドンッ!!!!
今度は音が変わらなかった。アプリのポイントが尽きたのか?
夜空一面に黄金の光が広がる。
その光の下で、三人が同時に口を開いた。
「順くん、私……」
「順、ずっと……」
「鷹井くん、好き……」
来る! 同時多発告白だ!
逃げ場はない。バリアもない。
俺が死を覚悟したその時。
ヒュンッ!
どこからか




