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第11章 絶対防御バリアは、愛の重さで燃料切れを起こす

1.日常カオスへの帰還と、最強アイテムの購入


 林間学校から帰還した翌日。

 俺、鷹井順が登校すると、学校の空気が一変していた。


 下駄箱で靴を履き替えているだけで、周囲の生徒たちがモーゼの十戒のように割れていく。

 ヒソヒソという声が、聖歌隊のハミングのように聞こえる。


「見ろ、あれが『林間学校の覇王』だ……」

「風紀委員長を陥落させ、白樺様を手玉に取り、キャンプファイヤーをプロレス会場に変えた男……」

「ついたあだ名が『ラブコメ・デストロイヤー』らしいぞ」


 不名誉すぎる!

 誰だそんな二つ名をつけたのは!


 俺は肩を落として教室に向かった。

 だが、俺には希望があった。昨夜手に入れた500ポイントだ。

 俺はトイレの個室に駆け込み、震える指で『ショップ』を開いた。


 目当ては一つ。

 『絶対不可侵バリア(物理)完全版』……価格300P。


 説明文にはこうある。

 『半径1メートル以内に近づく異性を、見えない力場フォース・フィールドで物理的に弾き返します。これで貴方のパーソナルスペースは安泰です』


「これだ……これさえあれば、俺は静かな学校生活を取り戻せる!」


 俺は迷わず購入ボタンを押した。

 残りの200Pは貯金だ。

 スマホが虹色に輝き、俺の体を薄い膜のような光が包み込んだ気がした。


『装備完了:絶対不可侵バリア(レベル1)起動』

『燃料:貴方に向けられる「好意」をエネルギーに変換して稼働します』


 ん? 燃料?

 まあいい。好意なら売るほど向けられている(迷惑だが)。

 俺は意気揚々と教室へ向かった。


2.見えない壁とパントマイム地獄


 教室に入ると、案の定、白樺乃愛が待ち構えていた。


「おはよう、ご主人様。昨日はよく眠れた?」


 乃愛が優雅に近づいてくる。

 いつものように、俺の腕に抱きつこうとする動作。

 俺は身構えた。さあ、バリアよ、その力を示せ!


 ――ブォンッ!


 乃愛の体が、俺の半径1メートル手前で、見えないゴムまりにぶつかったように弾かれた。


「きゃっ!?」


 乃愛がたたらを踏む。

 成功だ! 触れられない! ざまあみろ!


「……な、何これ? ご主人様に触れない……?」


 乃愛は目を見開き、何度か手を伸ばすが、その都度「ブォン、ブォン」という斥力に阻まれる。

 俺は内心ガッツポーズをしながら、クールに言い放った。


「悪いな、白樺さん。今の俺は『孤高』の修行中なんだ。誰にも触れられたくない」


 決まった。これで彼女も諦めるだろう。


 しかし。

 乃愛の瞳が、怪しく、そして熱っぽく潤み始めた。


「……すごいですわ。ご主人様、まさか『結界』を張れるなんて……」

「は?」

「焦らしプレイなのですね? 私がこの壁を乗り越えるほどの愛を見せるまで、触れることを許さないと……? ゾクゾクします!」


 違う! そういう解釈じゃない!

 乃愛はバリアの表面を撫で回しながら、うっとりとした表情でパントマイムのように壁にへばりつき始めた。


「ああ……ここにご主人様の温もりがあるのに……届かない……この透明な壁が、私たちの愛の障害……ロミオとジュリエットみたい……!」


 教室中の視線が集まる。

 「おい見ろよ、鷹井が白樺さんを念動力で弾いてるぞ」「新しいSMか?」「放置プレイの極みだな」

 俺の評価が「ドSの超能力者」に変わりつつある。


3.中間テストと燃料問題


 バリアの効果は絶大だったが、問題も発生した。

 休み時間、相沢里奈がやってきた。


「ねえ順! ノート貸してくれない? ……って、うわっ! 何この壁!」


 里奈も弾かれる。

 彼女は負けじとタックルしてくるが、バリアは鉄壁だ。


「入れてよー! 私だけ締め出すなんてひどい!」

「無理だ。これは俺の心の壁(物理)だ」


 俺は優越感に浸っていた。

 しかし、4限目の授業中。異変が起きた。

 ポケットのスマホが振動し、警告音が鳴り響いた(マナーモードにしてたはずなのに!)。


『警告:バリア燃料(好意エネルギー)の消費が激しすぎます』

『現在の好意供給量:過多』

『バリア耐久値:限界突破寸前』

『冷却のため、強制的に「排熱モード」へ移行します』


 排熱モード?

 次の瞬間、俺の体から「シュゥゥゥ……」という音と共に、ピンク色の蒸気が噴き出した。


「た、鷹井!? お前、燃えてるのか!?」


 先生がチョークを落として叫ぶ。

 クラス中がパニックだ。俺の体からピンクの煙が出ているのだから当然だ。

 しかもこの煙、ただの煙じゃない。


『排熱効果:周囲に「フェロモン成分」を拡散します』


「はあああああ!? 自爆スイッチかよ!」


 煙を吸い込んだ女子生徒たちが、一斉に頬を赤らめ、俺の方を見た。


「なんか……鷹井くん、いい匂い……」

「今まで気づかなかったけど、セクシーかも……」

「抱きつきたい……」


 モブ女子たちまで覚醒させてどうする!

 バリアは俺を守るどころか、俺を「歩くマタタビ爆弾」に変えてしまったのだ。


4.風紀委員長の巡回とバリアの誤作動


 俺はたまらず教室を飛び出した。

 廊下を走る俺の周りには、ピンクの蒸気がたなびいている。完全に変質者だ。


「待ちなさい、鷹井順!」


 行く手に立ち塞がったのは、鉄輪カンナ先輩だ。

 今日は眼鏡もしっかりかけ、腕章をつけた完全な「風紀委員長モード」だ。よかった、幼児退行は治ったのか。


「校内で怪しげなガスを撒き散らすとは、言語道断! 直ちに停止しなさい!」

「俺だって止めたいんです! 助けてください!」

「問答無用! 確保する!」


 鉄輪先輩が竹刀を構え、俺に詰め寄る。

 しかし、俺にはまだバリアがある。竹刀ごとき、弾き返してくれるはずだ。


 先輩が踏み込み、俺の間合いに入った瞬間。

 バリアが反応した。


『対象解析:鉄輪カンナ』

『敵対心(表面)と好意(深層)の矛盾を検知』

『バリア機能変更:【閉じ込めモード】』


 ――バシュッ!


 弾くのではない。

 バリアが逆に吸引し、先輩を俺の懐に引きずり込んだ。

 そして、俺と先輩を包み込むように、球状の結界が固定された。


「きゃっ!?」


 気づけば、俺と鉄輪先輩は、半径1メートルの密閉された光の球の中にいた。

 密着している。

 先輩の顔がすぐそこにある。


「な、何よこれ! 出られないわ!」

「バリアがバグりました! 閉じ込められました!」


 先輩がバリアの内側を叩くが、ビクともしない。

 そして、この空間には俺の排熱フェロモンガスが充満している。


「うっ……なんか、甘い匂い……頭がクラクラする……」


 先輩の目が、みるみるうちにトロンとしていく。

 竹刀がカランと床に落ちる(バリアは床も貫通している)。


「……順くん?」


 先輩の口調が変わった。

 あの「林間学校の悪夢」が蘇る。


「狭いね……暗いね……(視界がピンク色で)。……ママのお腹の中みたい」

「やめてください! 退行しないでください! 風紀を守ってください!」


 俺の叫びも虚しく、先輩は俺の制服のボタンをいじり始めた。


「カンナ、いい子にするから……ここから出して? それとも……ここで『教育』してくれる?」


 廊下には、野次馬が集まってきている。

 「おい、鷹井が風紀委員長をピンクの球体に監禁してるぞ!」「公開ラブラブショーか!?」「けしからん、もっとやれ!」


 俺はスマホを地面に叩きつけたい衝動に駆られたが、手元には解除ボタンがない。

 

『解除条件:内部の好意エネルギーが飽和すること』

『ヒント:キスとかすると一発です』


 ふざけんな!

 俺は必死に先輩の暴走スキンシップを防御しながら、バリアのエネルギー切れを待つしかなかった。


5.放課後の反省会


 数十分後。

 ようやくバリアが消滅し、俺たちは解放された。

 鉄輪先輩は正気に戻った瞬間、顔を真っ赤にして「き、今日のところは見逃してあげるわ! 覚えてなさい!」と捨て台詞を吐いて逃亡した。完全に負けヒロインのムーブだ。


 俺はボロボロになって屋上のベンチに座っていた。

 500ポイントも使ったのに、結果は最悪だ。

 バリア機能は『メンテナンス中』となり、使用不可になってしまった。


「……はぁ。平穏な日常って、いくら払えば買えるんだ?」


 俺が夕日を見つめていると、スマホが小さく震えた。

 開発者Aからのメールだ。


『To 鷹井 順 様

 

 バリアのご利用ありがとうございます。

 愛とは、拒めば拒むほど、圧力鍋のように熱く激しくなるものです。

 物理的な遮断は、逆効果でしたね。

 

 P.S.

 そろそろ「中間テスト」の時期ですね。

 勉強不足の貴方のために、次回のアップデートでは【学習支援機能】をご用意しておきます。

 ヒロインたちとの「濃密な勉強会」をお楽しみください。

 

 From A』


「余計なお世話だあああああ!」


 俺の絶叫が、茜色の空に吸い込まれていく。

 恋愛フラグを回避したい。

 その願いは、アプリを使うたびに遠のいていく。

 次なる戦場は、机の上。赤点回避という名のデスゲームが始まろうとしていた。

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