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第10章 キャンプファイヤーは炎上(物理)と修羅場の味がする

1.最終日の朝、ポイント貧乏の決断


 林間学校最終日。

 昨夜の肝試し(という名の追走劇)と、妹との押し入れ籠城戦で、俺の体力は限界を迎えていた。

 しかし、休んでいる暇はない。今夜には最後の、そして最大の試練「キャンプファイヤー」が待ち受けている。


 俺は朝の洗面所で、鏡の中の自分と向き合いながら、スマホのアプリ画面を睨みつけていた。


『現在の所持ポイント:28P』

『ショップ:【絶対不可侵バリア(完全版)】……300P』


 全然足りない。

 昨夜のミッション失敗が痛すぎる。このままでは、伝説の炎の前でヒロインたちに囲まれ、既成事実を作られてエンドだ。

 何か、短時間で大量のポイントを稼ぐ方法はないか?


 俺は『緊急クエスト』のタブをスクロールした。


『クエストA:女子風呂の掃除を手伝う(500P) ※逮捕リスク高』


『クエストB:校内放送で愛を叫ぶ(300P) ※社会的死』


『クエストC:一日中、語尾に「にゃん」をつけて過ごす(100P)』


 ……クソゲーだ。選択肢が全部地獄だ。

 だが、AとBはリスクが高すぎる。消去法でCしかない。

 背に腹は代えられない。俺は震える指で『クエストC』を受注した。


『クエスト開始! 制限時間は今から夕食まで。一度でも言い忘れたらポイント没収です』


「……おはようございます、田中にゃん」

「……あ? 鷹井、お前まだ寝ぼけてんのか? キモいぞ」


 同室の田中にドン引きされながら、俺の屈辱的な一日が始まった。


2.猫語の代償と誤解の連鎖


 昼間の自由時間。

 俺はできるだけ人と話さないようにコテージの裏で隠れていたが、当然、彼女たちが放っておくわけがない。


「順くん、ここにいたのね。一緒にフリスビーしましょ?」


 白樺乃愛が現れた。爽やかなスポーツウェア姿だが、その目は獲物を狙う肉食獣だ。


「今はちょっと忙しい……にゃん」

「……え?」


 乃愛が固まった。

 俺は死にたい。穴があったら入りたい。だが、ポイントのためだ。


「体調が悪いから、一人にしてほしいにゃん……」

「…………!」


 乃愛が胸を押さえてうずくまった。

 えっ、引かれた? それならそれで好都合だが。


「可愛い……。ご主人様、猫プレイに目覚めたのね? 私を『飼い主』として認めて甘えているのね?」

「違っ……違うにゃん!」

「わかったわ。じゃあ、これをつけて?」


 乃愛がポケットから取り出したのは、なぜか持参していた『鈴付きの首輪』だった。

 なんで持ってるんだよ! お嬢様の趣味嗜好が深淵すぎる!


「つけないにゃん! 逃げるにゃん!」

「待ってよミケちゃん(勝手に命名)! エサ(高級カニ缶)あげるから!」


 俺は逃走した。

 しかし、行く先々で地獄は続く。


「順!? なんで猫語なの!? もしかして、昨日の肝試しで猫の霊に取り憑かれたの!?」

 本気で心配して除霊しようとしてくる相沢里奈(塩を投げつけてくる)。


「にゃーん……お兄ちゃんも赤ちゃんになりたいの? カンナとお揃いだね? バブー?」

 仲間意識を持ってしまい、おしゃぶりを共有しようとしてくる鉄輪カンナ先輩。


 俺は必死に「にゃん」と言い続け、塩まみれになりながら夕方を迎えた。


 ピロン♪

『クエスト達成! 100P獲得しました』

『現在の合計:128P』


 まだ足りない! バリア(300P)には届かない!

 ショップを再度確認する。128Pで買える防具はないか?


『アイテム:【瞬間・ヌルヌルローション(全身用)】……100P』

『効果:5分間、全身から潤滑液を分泌し、あらゆる物理的拘束(抱きつき)からスルリと抜け出せます』


 ……これだ。

 見た目は最悪だが、実用性は高い。抱きつかれてもヌルッと滑って逃げられるなら、ダンスの強制連行も回避できるはずだ。

 俺は購入ボタンを押した。


3.キャンプファイヤーとオクラホマ・ミキサーの罠


 夜。

 広場の中央には巨大なやぐらが組まれ、天を焦がすような炎が燃え盛っていた。

 キャンプファイヤーの始まりだ。


「それでは、恒例のフォークダンスを行います! 男子は内側、女子は外側で輪を作れー!」


 先生の号令と共に、スピーカーから『オクラホマ・ミキサー』の陽気な音楽が流れ始めた。

 タララ、タララ、タララララ~♪

 あの、パートナーが次々と入れ替わっていく悪魔のシステムだ。


 俺は輪の一番外れ、影の薄い位置に陣取った。

 作戦はこうだ。

 曲が始まったら、どさくさに紛れて【ヌルヌルローション】を発動。誰かが手を繋ごうとしてもツルッと滑って失敗させ、ダンスそのものを成立させない。


 音楽が始まる。

 最初のパートナーは、クラスの女子Aさん(モブ)。

 彼女は俺の手を取ろうとしたが――


「うわっ、なんか鷹井くんの手、湿ってる!?」

「ごめん、手汗がすごいんだ……にゃん(後遺症)」


 Aさんは嫌そうな顔をして、指先だけで触れてすぐに次の人へ移動していった。

 よし、成功だ! この調子で全員やり過ごす!


 次々とパートナーが入れ替わる。

 そして、運命の時が来た。

 女子の列から、強烈なプレッシャーを放つ三人が近づいてくる。


 まずは、相沢里奈。


「やっと私の番ね! 順、手ぇ繋ご!」

「うおっ!?」


 里奈は俺の手を握ろうとして、勢い余ってツルッと滑った。


「きゃっ! 何これ、ローション!? ……順、まさかダンス中にそんなエッチなこと考えて……」

「違う! これは汗だ!」

「汗でこんなにヌルヌルするわけないじゃん! ……でも、順の体液なら……」


 頬を赤らめて自分の手を匂おうとする里奈。変態か!

 俺は彼女を強制的に回転させて次の人へ送った。


 次は、鉄輪カンナ先輩。


「お兄ちゃん、だっこダンスしよ?」

「無理です先輩! 滑ります!」


 カンナ先輩が抱きついてきたが、俺の全身はすでにウナギ状態。

 ツルンッ!

 先輩の腕が滑り、俺の体は物理法則を無視してスルリと抜け出した。


「ふぇぇ……お兄ちゃんが掴めないぃ……」


 泣きそうになる先輩を、これまた回転させて送り出す。

 さあ、ラスボスだ。

 白樺乃愛。


「……随分と楽しそうに遊んでいるわね、ご主人様」


 乃愛は、俺のヌルヌルボディを見ても動じなかった。

 彼女はニッコリと笑い、ポケットから何かを取り出した。

 ――軍手(滑り止め付き)だ。


「準備は万端よ」

「えっ」


 ガシッ!

 滑り止め軍手のグリップ力は伊達じゃなかった。

 俺の手首が完全にロックされる。


「捕まえた。……さあ、伝説を作りましょう?」


 乃愛が強引に俺を引き寄せる。

 炎の光が彼女の銀髪を照らし、幻想的かつ狂気的な美しさを演出している。


「放せ! 曲が終わる!」

「終わらせないわ。……ねえ、知ってる? このアプリには『ハッキング機能』もあるのよ」


 乃愛が自分のスマホを操作した。

 すると、スピーカーから流れていた『オクラホマ・ミキサー』が、突然プツンと途切れ――

 スローテンポで重厚な、結婚行進曲メンデルスゾーンに切り替わった。


「はあ!?」

「さあ、誓いのダンスを」


 周囲の生徒たちがざわめく。「え、曲変わった?」「演出?」「鷹井と白樺さんがセンターで踊ってるぞ!」

 これはダンスじゃない。公開処刑だ!


4.アプリ暴走:ラブコメ・バトルロイヤル


 その時、俺のポケットのスマホがかつてない熱を発した。

 アプリが、乃愛のハッキングに対抗して(あるいは面白がって)暴走を始めたのだ。


『緊急事態:外部からの干渉を検知』

『対抗措置:イベント【真実の愛を選べ! バトルロイヤル・ダンス】を開始します』

『ルール:音楽が止まった瞬間に主人公と接触していたヒロインが勝者となります』


 スピーカーから、無機質な合成音声が響き渡った。

 『ラウンド1、ファイッ!』


「な、なんだこれ!?」


 その放送を聞いた瞬間、去っていったはずの里奈とカンナ先輩が、猛ダッシュで戻ってきた。

 目が赤い。アプリによって闘争本能をブーストされている!


「結婚なんてさせない! 順は私のものよ!」

「ママは渡さないもん! キェェェェ!」


 里奈が乃愛に体当たりする。

 カンナ先輩が俺の足にしがみつく。

 乃愛が軍手で応戦する。


 キャンプファイヤーの周りで、フォークダンスは完全に崩壊し、プロレス会場と化した。

 男子たちは「すげえ! キャットファイトだ!」「賭けようぜ!」と盛り上がり、先生たちは「やめなさい! 離れなさい!」と笛を吹くが、誰も止まらない。


「俺はトロフィーじゃないんだぞ!!」


 俺はヌルヌルボディを駆使して、三人の隙間からスポーン! と飛び出した。

 目指すは森の闇。

 ここから逃げるんだ。一人になりたい。二次元に帰りたい。


「逃がさないわよ!」

「待てー!」


 三人が追いかけてくる。

 俺は必死に走った。

 ヌルヌルローションのせいで靴の中で足が滑り、まともに走れない。


 ドタッ!

 派手に転んだ。

 顔を上げると、目の前に三人の影が立ちはだかっていた。

 背後には燃え盛る炎。前には愛に飢えたヒロインたち。


「観念して、順くん」

「もう逃げられないよ」

「いっしょに……ねんね……」


 終わった。

 俺の青春はここで燃え尽きるのか。


 その時。

 パンッ! パパパンッ!

 乾いた破裂音が響き、俺たちの足元で何かが弾けた。

 カラフルな煙が立ち上る。

 クラッカー? いや、花火か?


「――状況開始。ターゲットを回収します!」


 煙の中から、ガスマスクをつけた小柄な影が飛び出してきた。

 美咲だ!

 またしても特殊部隊装備の妹が、煙幕に乗じて俺の腕を掴んだ。


「兄官殿、走れますか!?」

「滑るけど走る!」

「了解! 撤収!」


 俺と美咲は、呆然とするヒロインたちを置き去りにして、煙の中へと消えていった。


5.炎の後の静寂


 ロッジの裏手、ゴミ捨て場の影。

 ここまでくれば安全だろう。

 俺と美咲は肩で息をしていた。俺の体はヌルヌル、美咲は煤だらけだ。


「……助かったよ、美咲」

「任務ですから。……それに、兄官殿の『初めて』を、あんな乱闘騒ぎで奪われるのは癪ですから」


 美咲がガスマスクを外す。

 その顔は汗で濡れていたが、月明かりの下でどこか満足げだった。


「……でも、兄官殿」

「ん?」

「ヌルヌルしてますね。……気持ち悪いです」

「うるさいよ」


 遠くから、まだ騒がしい広場の音が聞こえる。

 スマホを見る。

 アプリの画面には、いつの間にか新しい通知が出ていた。


『イベント終了』

『結果:ドロー』

『評価:貴方の逃走劇は、ヒロインたちの執着心をさらに煽りました。ご愁傷様です』

『報酬:ポイント500P(同情ボーナス)』


 500P……。

 今更くれても遅いんだよ!

 でも、これで【絶対不可侵バリア】が買える。

 俺は安堵と疲労で、ゴミ箱にもたれかかった。


 林間学校は終わる。

 だが、俺の「フラグ回避」の戦いは、学校に戻ってからも続くのだ。

 むしろ、この林間学校で深まった(拗れた)絆のせいで、日常パートはさらに過酷になる予感しかしない。


 俺は夜空を見上げて誓った。

 絶対に、二次元以外は愛さない、と。

 ……まあ、隣で俺の袖を掴んで寝息を立て始めた妹だけは、少し大目に見てやってもいいかもしれないが。


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