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GRSI-03 歓楽惑星の闇取引  作者: やた


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07.華やかな罠

 翌日、ルナ・パレス駅の最上階に位置する多目的ホール「コスモ・ボールルーム」は、まばゆいばかりの光と熱気に包まれていた。今夜、ここで開催されるのは、銀河中の富裕層や企業重役たちが集う慈善パーティ、その名も「ギャラクシー・ドリーム・ガラ」。中央には煌びやかなクリスタルのシャンデリアが輝き、周囲には著名なアーティストによるホログラムアートが浮かび、生演奏のオーケストラが奏でる優雅な旋律が会場全体を包み込んでいた。


 カケルとミリアムは、パーティの開始時刻に合わせて会場へと足を踏み入れた。カケルは、ダークネイビーの仕立ての良いスーツに身を包み、洗練された若きビジネスマンの雰囲気を醸し出している。隣を歩くミリアムは、星空を閉じ込めたような深いブルーのドレスを纏い、肩を露わにしたデザインが彼女の華奢な首筋を美しく見せていた。二人はまるで、雑誌の表紙を飾るような絵になるカップルとして、多くの出席者の視線を集めた。彼らの偽装は完璧だった。


「わぁ……すごいね、カケル!まるで夢みたい!」


 ミリアムは目を輝かせ、カケルの腕にそっと手を絡ませた。彼女の表情は純粋な感動に満ちていて、周囲の誰もが、ただパーティを楽しみに来た若き令嬢とその護衛のように見えただろう。カケルはそんなミリアムの言葉に小さく頷きながらも、その視線は既に会場全体をスキャンしていた。出席者の顔ぶれ、セキュリティの配置、そして人々の会話のトーン。あらゆる情報が、瞬時に彼の脳内で処理されていく。


「確かに夢のようだ。だが、夢の中には、時として悪夢が潜んでいる」


 カケルの低い声は、ミリアムにしか聞こえない。彼女は、カケルの腕に絡ませた指先にわずかに力を込めた。


 会場の入口付近に、一際注目を集める一団が現れた。その中心に立つのは、目的の男、『コレクター』こと、アダム・クロスだ。彼は、銀河中でその名を知られる巨大コンサルティング企業「スターゲート・ソリューションズ」の代表を務めている。光沢のある黒いスーツに身を包んだアダム・クロスは、周囲に気さくに挨拶をしながら、会場の奥へと進んでいく。彼の隣には、スマートな秘書らしき男女が数人、常に彼の動きに合わせている。


「あいつだ、アダム・クロス」


 カケルは、ミリアムの耳元で囁いた。アダム・クロスは、一見するとただのカリスマ的なビジネスマンだ。しかし、その瞳の奥には、獲物を品定めするような冷徹な光が宿っているようにカケルには見えた。


 カケルとミリアムは、自然な動作でアダム・クロスの一団から少し離れた場所へと移動し、彼らの動きを注意深く観察し始めた。ノアからの情報では、パーティ中に秘書を介して取引が行われる可能性が高い。彼らの秘書が誰かと接触する瞬間、あるいは不自然な動きを見せる瞬間を捉えなければならない。


 会場のあちこちで、人々はグラスを傾け、談笑に花を咲かせている。オーケストラの演奏はさらに華やかさを増し、コスモ・ボールルームはまさにリュミエールの夜の象徴とも言える煌めきに満ちていた。その中で、カケルとミリアムは、完璧な笑顔を浮かべながら、鋭い感覚を研ぎ澄ましていた。彼らは、この華やかな舞台の裏に隠された闇を暴き出すため、最初の糸口を探していた。



 ギャラクシー・ドリーム・ガラの華やかな光が届かない場所でも、チームYの任務は続いていた。


 ルナ・パレス駅の高級レストラン「エトワール」のバックヤード。エミリーは、今日も完璧なレストランスタッフとして、ディナータイムの準備に追われていた。しかし、彼女の意識は、常にパーティ会場である「コスモ・ボールルーム」へと向けられていた。パーティのケータリングは「エトワール」が担当しており、食材や食器の搬入・搬出、そしてウェイターたちの動きが、普段以上に活発になっている。


「エミリーさん、そちらのワイン、ボールルームへお願いします!」


 同僚の声に、エミリーは「はい」と短く応じ、ワインのカートを押して忙しく動き回る。彼女は、この通常とは異なる物流の動きを、綿密に観察していた。パーティに紛れて、ドリーム・クラウドや関連情報が持ち込まれる可能性を考えているのだ。警備員の配置、搬入車両のナンバー、そして普段は使われない搬送ルート。彼女の聡明な頭脳は、その全てを冷静に分析し、わずかな不審点も見逃さないよう注意を払っていた。彼女は、ワイングラスを磨くふりをして、会場への出入り口を監視する。



 一方、駅の地下貨物エリアは、いつも以上の喧騒に包まれていた。パーティで使用する大量の備品や食材が運び込まれ、普段にも増してフォークリフトが忙しなく動き回っている。イヴァンは、その中で駅の倉庫スタッフとして、汗を流しながら作業を続けていた。


「おい、そこの派遣!この荷物、急ぎだぞ!」


 主任の怒鳴り声が響く中、イヴァンは重い荷物を軽々と運び上げ、パーティ会場へと繋がる搬入ルートへと向かう。彼のくたびれた作業着は、汗と埃でさらに汚れ、その屈強な体格は、重労働に徹する一介のスタッフにしか見えない。しかし、彼の瞳は、通常の貨物とは異なる、怪しい梱包のコンテナや、不自然な動きを見せる配達員を、瞬時に識別していた。


 パーティの準備を装って、麻薬や関連情報が秘密裏に持ち込まれる可能性が高い。彼は、運搬中の貨物に紛れて、秘匿通信システムから発せられる微弱な「音」がしないか、五感を研ぎ澄ませていた。特に、厳重に梱包されたはずなのに、なぜかセキュリティタグが甘い貨物や、通常よりも過剰に警備されている搬入ルートに、警戒を強める。



 そして、リュミエール市街の商業ビルの一室、チームYの隠れ家。ノアは、何台もの高機能モニターに囲まれ、ひたすらデータと向き合っていた。彼の指は、キーボードの上を猛烈な速さで叩き、部屋に響くのは、規則正しいクリック音と、冷却ファンのわずかな唸りだけだ。


 ノアの目の前のモニターには、ルナ・パレス駅のライブ映像が映し出され、パーティ会場のコスモ・ボールルームの様子が俯瞰で表示されている。カケルとミリアムが、華やかなドレス姿で自然に会場に溶け込んでいるのが確認できる。別のモニターには、エミリーとイヴァンからのリアルタイムの情報が流れてくる。エミリーが報告した異常な物流ルートのデータ、イヴァンが察知した不審な貨物の画像。それらすべてを、ノアは瞬時に解析し、アダム・クロスとその秘書たちの動きと照合していく。


「やはり、パーティの混乱を利用してくるか……」


 ノアは小さく呟いた。彼の耳には、チームメンバーからの情報がリアルタイムで流れ込んでいる。ミリアムが感知する微弱な「音」の周波数帯に、ノアが構築した解析システムが反応を示し始めていた。その「音」は、会場の特定のエリアで、わずかに強まっていることを示している。それは、秘匿通信システムの信号であり、同時に麻薬の存在を裏付ける証拠でもあった。


 ノアの脳内では、無数の情報が複雑なパズルとして組み上げられていく。アダム・クロスとその秘書たちの動き、会場内の特定の人物との接触、そして「音」が強まるエリア。これらすべてのピースが揃った時、麻薬取引の瞬間と、その場所が明確になるだろう。ノアは、その瞬間を捉えるため、息をのむような集中力でモニターを見つめ続けていた。

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