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GRSI-03 歓楽惑星の闇取引  作者: やた


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06.浮かび上がる全体像

 日付が変わる頃、隠れ家の部屋に、ほのかな達成感が漂い始めた。ノアは大きく息を吐き、椅子にもたれかかった。モニターには、これまで断片的だった情報が、一つの明確な「敵の全体像」として構築されていた。


「掴んだぞ……」


 ノアは、部屋にいる全員に向けて発信するように声を上げた。


「イヴァン、さっき言ってた貨物コンテナの件、特定できた。あれは、通常の工業部品を模した偽装コンテナだ。中身は空っぽか、あるいは本当に少量の工業部品が入ってるだけ。本命は、そのタグに仕込まれた情報データ。ノードを介して駅のセキュリティシステムを迂回し、特定の人物にしかアクセスできない暗号化されたデータパケットを送信している」


 ノアは、モニターに映し出された貨物コンテナの3Dモデルを拡大し、その内部構造を解析した結果を表示する。見慣れた工業部品の中に、極小の情報ストレージユニットが隠されているのがわかる。


「つまり、麻薬そのものを運んでいるわけじゃないのか?」


 カケルが尋ねる。


「ああ、これは、麻薬の取引に関する情報、あるいは精製場所への指示、支払いデータなんかだろう。物理的な麻薬とは別に、情報ルートも確立している。イヴァン、この貨物コンテナは、特定の時間帯に、特定の搬入口から運び出されることが多い。それは、駅のシステムが最も手薄になるタイミングだ。運び出しの際に、データの『受け渡し』が行われている可能性が高い。貨物の搬出ルートと、実際にその貨物を受け取る業者のリストも割り出した。偽装業者だ」


 イヴァンは、モニターを食い入るように見つめ、大きく頷いた。


「なるほどな、クソ、回りくどいことしやがる。明日、そいつらを徹底的にマークしてやる」


「エミリー、君が報告したレストランの個室だが……あの個室の監視カメラの死角は、まさにデータの受け渡しに最適な場所だった。そして、客の入れ替わりが激しい時間帯と、特定の通信信号が活性化する時間が一致した」


 ノアは、レストラン「エトワール」の個室の監視カメラ映像を再生する。そこには、確かにエミリーが報告したように、短時間で入れ替わる客たちの姿があった。彼らの手の動き、視線の交錯、そして会話の切れ目。ノアは、その映像と通信ログを重ね合わせ、決定的な瞬間を特定する。


「それだけじゃないわ。個室を拭いた時に、テーブルの裏側から極めて微細な粒子が見つかったの。肉眼ではほとんど見えないけれど、特殊な分析装置にかけたら、ドリーム・クラウドの成分に酷似していたわ」


 エミリーが冷静に報告すると、ノアは頷いた。


「その通りだ。エミリーが見つけたその粒子が、証拠だ。そこでの麻薬の受け渡しが行われたことを裏付けている。おそらく、ごく少量ずつ受け渡しが行われているか、あるいは、取引の確認のために麻薬の一部が使用された痕跡だろう」


 ノアはモニターにエミリーが回収した粒子の拡大画像を映した。どことなく不穏な雰囲気を感じる。


「そしてミリアムが感じた『音』。それがこれだ。奴らが使用している秘匿通信システムが発する極めて微弱な信号だった。通常の電波探知機では検出できない、特殊な暗号化が施されている。この信号を逆探知することで、麻薬が駅のどこに隠されているのか、そしてどこで取引が行われるのかを、ピンポイントで特定できる」


 ミリアムは驚いたように目を見開いた。


「え、じゃあ、あの『音』が、麻薬の場所を教えてくれるってこと!?」


「そうだ。ミリアムの空間認識能力が、その秘匿通信システムのエネルギー波を『音』として認識したんだ」


 ノアは、ミリアムが昨日報告したエンターテイメントゾーンの裏手、非常階段のあたりを駅の地図上で拡大する。そこには、特定の時間に高密度な「音」の反応が集中しているエリアが示されていた。


「この場所が、ドリーム・クラウドの一時的な貯蔵場所、あるいは小規模な精製所である可能性が高い。そして、取引が行われる際には、ここから麻薬が持ち出され、レストランの個室のような場所で、データのやり取りと麻薬の受け渡しが行われている」


 ノアは、すべての情報をまとめた最終的な図をモニターに映し出す。貨物ルートでの情報交換、レストランでの麻薬の受け渡し、そして駅構内の隠された場所での麻薬の貯蔵と精製。複雑に絡み合った線が、一つの大きな麻薬密売組織のネットワークを形成していた。


「そして、この三つのルートを統括していると思われる人物を特定した」


 ノアがそう言うと、モニターに一人の男の顔写真が大きく映し出された。その顔には、狡猾な笑みが浮かんでいる。


「この男は、銀河の裏社会で『コレクター』の異名を持つ情報ブローカーだ。以前から麻薬取引に関与しているという噂はあったが、証拠はなかった。彼は表向きはリゾート開発会社のコンサルタントを名乗り、ルナ・パレス駅に頻繁に出入りしている」


 カケルは、その男の顔を食い入るように見つめた。


「『コレクター』……なるほど。情報を集め、麻薬を集め、そしてそれらを売りさばく。すべてが繋がったな」


 ノアは頷いた。


「そして、重要な情報がある。コレクターは明日、ルナ・パレス駅で開催される大規模なビジネスパーティに参加する。そのパーティ自体は、何ら違法性のないもので、通常のコンサルタントとして彼も参加する。だが、その場で彼と彼の秘書らが麻薬取引を行うという噂も同時に流れている」


 部屋に、張り詰めた空気が漂う。合法的な場で行われる違法な取引。それは、これまで以上に巧妙で、証拠を掴むのが困難な状況を意味していた。


「よし。これで奴らの全貌が見えた。夜が明けたら、次の段階へ移行する」


 カケルは、モニターに映し出されたコレクターの顔写真を見つめ、静かに、しかし力強く命令を下した。


「ノアは引き続き情報の解析と、コレクターの動向を徹底的に追跡してくれ。パーティでの動き、特に秘書や関連人物との接触パターンを割り出すのが最優先だ」


「任せろ。夜明けまでには、全てを洗い出す」


 ノアは頼もしく答えた。


「イヴァンは引き続き貨物エリアの監視だ。パーティ開催に伴い、普段とは異なる人や貨物の動きが予想される。特に怪しいコンテナの追跡と、運び屋の特定を頼む。警戒を怠るな」


「へっ、望むところだぜ。いつもより目が回るだろうがな」


 イヴァンは腕を組み、不敵な笑みを浮かべた。


「エミリーはレストランと、パーティ会場となるエリアの監視をしてほしい。通常とは違う動きには特に注意を払って。万が一、抵抗された場合、証拠の確保が最優先だ」


「了解したわ。パーティの警備体制も確認しておく」


 エミリーは冷静に頷いた。


「僕とミリアムは明日、パーティ参加者として相応しい立場で会場に潜入する。コレクターの様子を窺い、チャンスがあれば接触を試みる。ただし、決して怪しまれないように、あくまで、パーティを楽しむ若者として振る舞おう」


 カケルの言葉に、ミリアムは少し緊張した面持ちで頷いた。


「うん、分かった!」


「よし、銀河鉄道の範囲内で好き勝手なことはさせないぞ」


 カケルは、そう締めくくると、全員の顔を一人ひとり見渡した。疲労の色は隠せないが、その瞳には確かな決意と、仲間への信頼が宿っていた。リュミエールでの作戦は、新たな局面を迎えようとしていた。夜の帳が降りた隠れ家の部屋では、銀河の闇に光を灯すための、静かな、しかし熾烈な情報戦が繰り広げられていた。

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