04.作戦会議
リュミエールの賑やかな夜景が、隠れ家の窓から小さく輝いている。昼間の喧騒は影を潜め、セントラル・オービタルから遠く離れたこの惑星で、チームYの本当の仕事が始まろうとしていた。
部屋の中央、ノアが鎮座するワークステーションの周囲に、他の四人が集まっていた。モニターには、ルナ・パレス駅の精密な立体図や、日中に捉えられたと思われる人々の顔写真が次々と表示されている。
「で、どうだった、今日一日。収穫はあったか?」
カケルの問いかけに、ノアはキーボードから手を離し、椅子を回転させてメンバーの方を向いた。
「ああ、面白いデータが取れてる。まずはイヴァンから聞こうか。倉庫の状況はどうだった?」
イヴァンは、ソファーから身を起こし、ぶっきらぼうに話し始めた。
「クソ重い荷物運びばっかで、肩が外れそうだったぜ。だが、いくつか気になる点はあった。貨物エリアに出入りする連中で、特定のコンテナにだけやたらと神経質な奴らがいたんだ。リスト上はごく普通の工業部品だったが、妙に厳重なセキュリティタグがついてたな。それに、荷物の積み下ろしも、普通の貨物にしては少人数で、妙に手際が良すぎた」
ノアは頷きながら、イヴァンの言葉に合わせてモニターに映し出された貨物リストの一部を拡大する。
「不自然なセキュリティタグ、か。そこのリスト、俺も確認した。確かに、通常はありえないレベルの暗号化が施されてるファイルがいくつかあったな。解析に時間がかかりそうだ」
次に、ノアがエミリーに視線を向けた。
「エミリー、ホールの状況はどうだった?特に、客層について何か気づいたことは?」
エミリーは、手元のタブレットに視線を落としながら、静かに答えた。
「ええ。ホールの特定の個室で、短時間の間に客が二度入れ替わったわ。どちらも観光客には見えなかった。一度目は、地元の富裕層を装った二人組。もう一度は、宇宙船のクルーらしき連中だった。いずれも、会話は極めて短く、物の受け渡しのような動作が確認できたわ。監視カメラの死角を利用していたけれど、私のサブカメラが捉えている」
彼女の言葉に、ノアは素早くモニターを操作し、エミリーが送信したであろう小型カメラの映像を再生する。そこには、確かに一瞬の隙を突いて行われる、手渡しのような動作が捉えられていた。
「なるほど、これか。この男たちの顔、GRSIの要注意人物リストと照合してみる。引き続き、その個室の利用状況を重点的に監視する価値はあるな」
ノアはそう言うと、キーボードを叩き、映像の解析を開始した。
「ミリアムはどうだった?駅構内で何か、違和感はあったか?」
ノアの問いに、ミリアムは少し首を傾げながら答えた。
「うーん、特定のフロアで、なんだか変な『音』がしてたの。すごく小さくて、普通の人には聞こえないような、でもずっと脈打ってるみたいな感じ。多分、あれは組織の通信だと思うんだけど、うまく特定できなくて……」
ミリアムは悔しそうに唇を尖らせた。カケルがその肩を軽く叩く。
「ミリアムの空間認識能力は、時に物理的な情報を超える。その『音』が通信なら、ノアのシステムが捉えきれない、特殊な周波数を使っている可能性が高い。場所は特定できたか?」
「うん!だいたいだけど、駅構内のエンターテイメントゾーンの裏手、非常階段のあたりだったと思う」
ノアはミリアムの言葉を聞きながら、駅構内図を呼び出し、該当するエリアをマークする。
「よし、ありがとうミリアム。その『音』が、麻薬の取引に使われる特殊な通信であれば、かなりの手掛かりになる。俺の方で、その周波数帯を特定するシステムを組んでみる」
最後に、ノアはカケルに視線を向けた。
「カケル、全体像はどうだった?」
カケルは腕を組み、モニターに映し出された駅の図を見つめながら、静かに語り始めた。
「イヴァンの言う不自然な貨物、エミリーが捉えた個室の取引、そしてミリアムが感知した特殊な通信。これらが全てルナ・パレス駅内で起きているとなると、やはりこの駅が麻薬組織の主要な拠点であることは間違いない。万が一、麻薬組織と関係なくても、何らかの後ろめたい事があるのは確かだ。彼らは観光客や物流の膨大な情報に紛れて、密かに活動している。今のところ、我々の捜査は成功しているが、彼らも日頃から警戒しているだろう」
カケルの言葉に、全員が真剣な表情になる。
「日中の動きを見る限り、組織は複数のルートを使ってドリーム・クラウドを運び込んでいる。イヴァンの見た貨物ルートは、大量輸送用。エミリーが捉えたレストランの取引は、より高額な顧客向けか、あるいは重要人物間の情報交換用だろう」
ノアはカケルの推測を聞きながら、手元のキーボードを叩き、情報の関連付けを開始する。
「俺の方で、日中の監視カメラの映像を解析した。特定の時間帯に、駅構内の特定のエリアで、同一人物らしき影が複数回確認できた。彼らはそれぞれ異なる服装だが、体格や歩き方に共通点がある。おそらく、組織の幹部、あるいは運び屋のリーダー格だろう」
ノアがそう言うと、モニターには、異なる服装をした複数の人物が、駅構内のあちこちを移動する映像が映し出された。だが、彼らの動きには、確かに何か共通するリズムのようなものがあった。
「顔認識は?」カケルが尋ねる。
「完璧にはいかない。巧妙に顔を隠してるか、システムを回避する偽装を施してる。だが、体格や骨格の特徴から、同一人物である可能性は極めて高い。彼らが接触した場所、時間、そしてその後の移動ルートを分析すれば、取引が行われる可能性のある場所を絞り込める」
ノアの言葉に、カケルは深く頷いた。
「よし。これで、我々は相手の動きの端緒を掴んだ。次のフェーズだ。ノア、その人物たちの行動パターンを徹底的に分析し、最も頻繁に接触する場所、そしてその時間がどこなのか、予測してくれ」
「了解。今夜中に、ある程度の予測は立てられるはずだ。そいつらが使う特殊な通信も、パターンを割り出す」
「イヴァンは引き続き倉庫の動きを監視してほしい。特に、不自然な貨物コンテナの出入りを注視するんだ。もし可能なら、その中身を特定できないか、試してくれ。ただし、危険を冒してはならない」
「わかった。あの野郎どものコンテナ、ひっくり返してでも見てやる」
イヴァンは獰猛な笑みを浮かべた。
「エミリーはレストランの監視を続けて。怪しい個室の利用状況、そしてそこに訪れる客の情報を集めてくれ。高額な取引が行われるなら、そこから組織の上層部に繋がるかもしれない」
「承知したわ」エミリーは静かに頷いた。
「ミリアムは駅構内の『音』を追ってくれ。特に、ノアが特定した怪しい人物たちが接近したエリアで、その『音』が強まるかどうか。その『音』が、麻薬の場所を示す信号である可能性も排除できない」
「うん!頑張る!」ミリアムは元気よく返事をした。
「僕は、みんなから得られた情報を総合し、次の行動計画を立てる。潜入はあくまで準備段階だ。ここからが、本当の勝負だぞ」
カケルは全員の顔を見回し、力強く言った。それぞれの視線が交錯し、確かな信頼と決意が宿る。夜のリュミエールは静かに深まり、隠れ家の部屋には、未来の作戦を練るチームYの熱気が満ちていた。彼らは、銀河の平和を脅かす闇を、この美しい惑星から排除するため、それぞれの持ち場で、情報戦の火蓋を切ったのだった。




