21.カウントダウン
ミリアムを抱きかかえたカケルがコレクターを睨みつける中、アダム・クロスは驚愕と怒りに顔を歪ませていた。完璧なはずの計画が、まさかこんな形で打ち破られるとは、彼の計算にはなかったのだ。
「まさか……この私が、お前たちのような鼠に……!」
コレクターは血相を変え、監視室のコンソールへと飛びついた。彼の指が、中央の赤いボタンに叩きつけられる。その瞬間、プラント全体に、けたたましい警告音が鳴り響いた。
「施設自爆シークエンス、開始。残存時間、5分」
無機質な合成音声が、コレクターの断末魔の叫びと重なって、プラント中に響き渡る。天井から、赤い非常灯が点滅し始めた。
「貴様らなど、道連れだ!私を破滅させようとする者は、全て道連れだ!この施設ごと、麻薬もろとも消え去るがいい!そうすれば、私に再起の機会はいくらでも訪れる!」
コレクターは、狂ったように高笑いしながら、監視室の奥にある緊急脱出ハッチへと駆け寄った。その瞳には、すでに復讐の炎が燃え上がっている。
彼は、ミリアムを失い、麻薬精製工場を破壊されたものの、自分自身が生き延びれば、再び闇のビジネスを再建できると信じていたのだ。ハッチが開き、彼の姿が闇の中へと消えていく。
「くそっ、逃がすか!ノア、コレクターの脱出経路を特定しろ!」
カケルが叫んだ。ミリアムはまだ意識が朦朧としているが、彼の腕の中で微かに動いている。
「追跡は可能だが、優先すべきはミリアムの救出と脱出だ!自爆まで5分しかない!」
ノアの声が、インカム越しに緊迫した状況を伝える。彼らは、プラントのシステムを完全に掌握しきれていない。コレクターの自爆スイッチは、ノアのハッキングをも上回る、物理的な緊急プロトコルだったのだ。
「5分だと!?マジかよ!」
イヴァンが焦燥に駆られたように叫んだ。彼の周りでは、ショートした機械から火花が散り、壁には亀裂が走り始めている。天井の一部が崩落し、粉塵が舞い上がった。
「エミリー、脱出経路は!?」
カケルが叫ぶ。
「屋上からの脱出ルートは、施設の崩落で危険よ!カケル、イヴァン、あなたたちが潜入した地下水路を逆走するしかないわ!ノア、水路への入り口を確保して!」
エミリーの声が、緊迫した状況下でも冷静に指示を出す。彼女は屋上から、崩壊し始めたプラントの状況を把握し、最も安全な脱出ルートを瞬時に判断していた。
「了解!だが、水路の入り口まで、まだ数十メートルの距離がある!途中で崩落が起きる可能性もある!」
ノアの声に、カケルの心臓が締め付けられる。ミリアムを抱きかかえたまま、あの狭い水路を逆走する。しかも、施設が崩壊していく中で。
「行くぞ、イヴァン!ミリアムを頼む!」
カケルは、ミリアムをしっかりと抱きかかえると、イヴァンと共に地下水路の入り口へと向かって走り出した。警備員たちは自爆の警告にパニックに陥り、互いに我先にと出口へ殺到している。彼らはもはや、チームYに構っている暇はなかった。
足元が揺れる。天井から剥がれ落ちるコンクリート片が、彼らのすぐそばに落下する。プラント全体が、恐ろしい唸り声を上げ始めている。
「残り4分30秒!」
ノアのカウントダウンが、彼らの耳を劈く。
イヴァンは、前方で崩れかかった通路を、その力で無理やり押し開け、カケルを先導する。彼の強靭な肉体が、文字通り道を切り開いていく。
「ミリアム、もう少しだ!頑張れ!」
カケルは、腕の中のミリアムに語りかける。彼女は意識が薄いながらも、彼の声に反応するように、わずかに体を動かす。
地下水路の入り口が、目前に迫る。だが、その入り口を塞ぐように、瓦礫の山が崩れ落ちてきた。
「くそっ!塞がれたか!」
イヴァンが叫んだ。まさに絶体絶命の瞬間だった。




