19.絶対絶命の攻防
コレクターの声が響き渡るプラントの騒然とした空気の中、カケルは冷静に指示を飛ばした。
「ノア、システムを混乱させろ!あらゆるセーフティを迂回して、プラント内の注意をそらせ!」
「了解!全力を尽くす!」
ノアの指が、隠れ家のコンソール上で光速のダンスを始めた。彼は、コレクターのシステムに深く潜り込み、回路を逆流させ、予測不能なエラーを発生させる。プラント内のモニターが砂嵐を映し出し、一部の照明が明滅を始めた。警備員たちが混乱し、無線で状況を確認し合う声が響く。
その隙を見逃さなかったエミリーは、屋上の狙撃ポイントから、静かにトリガーを引いた。
「ノアが混乱させた隙に、視界の確保を優先するわ」
エミリーの狙撃ライフルから放たれる非殺傷性の麻酔弾が、正確にプラント内の監視カメラを次々と破壊していく。パチン、パチンと乾いた音が響き、監視カメラのレンズが砕け散る。視界が遮られた警備員たちは、さらに困惑し、互いに指示を出し合うばかりで、隊列が乱れていく。
「よし、今だ!イヴァン、突破するぞ!」
カケルは、ノアとエミリーが作り出した一瞬のチャンスを逃さなかった。光学迷彩を解除し、イヴァンと共に巨大な精製プラントの中央、ミリアムが拘束されているカプセルへと向かって走り出す。
「おらぁっ!」
イヴァンが雄叫びを上げると、行く手を阻む警備員を次々と吹き飛ばしていく。彼の拳は、強化スーツを着込んだ相手をも軽々と弾き飛ばし、その巨体はまさに戦車のようだった。カケルは、イヴァンが作り出した突破口を駆け抜け、ミリアムの元へと一直線に向かう。
ミリアムが囚われているカプセルが、目前に迫る。彼女の苦しげな呼吸音が、わずかに聞こえてくる。カケルは、拘束具を解除するためのツールを構え、イヴァンは周囲の警備員が近づけないよう、圧倒的な力で彼らを牽制する。
「ミリアム!今助ける!」
カケルが叫んだ、その時だった。
精製プラントの奥、コレクターの監視室へと続く通路から、重武装した数人の部隊が姿を現した。彼らは、これまでで最も重装備であり、通常のスタンライフルではなく、殺傷能力を持つレーザーライフルを構えている。そして、その中央には、コレクター、アダム・クロスが、余裕の笑みを浮かべたまま立っていた。
「残念だったな、エージェント諸君。その程度の攪乱で、私の完璧な計画が破られるとでも思ったか?」
コレクターの声が、再びプラント全体に響き渡る。その声は、ノアのシステム攪乱にもかかわらず、依然として明瞭だった。
「その子は、私にとって最高の宝だ。そう簡単には渡さない」
コレクターが合図を送ると、重武装部隊が一斉にレーザーライフルを構え、カケルとイヴァンに向けた。同時に、ミリアムが拘束されているカプセルから、これまで以上に強力な『音』が発せられ始めた。それは、精製プラント全体の機械が、まるで狂ったように稼働し始めるほどの強烈なものだった。
「くそっ、ミリアムへの負荷がさらに上がった!」
ノアの叫びがインカムから聞こえる。ミリアムの体が、激しく痙攣し始めた。彼女の顔は蒼白になり、意識が遠のいているのが見て取れる。このままでは、ミリアムの命が危ない。
「イヴァン!ミリアムを!」
カケルが叫んだ瞬間、重武装部隊からレーザーが放たれた。それは、カケルとイヴァンを狙うだけでなく、ミリアムが拘束されているカプセルをもかすめる軌道だった。
イヴァンは咄嗟に身を翻し、カケルを庇うように盾となる。彼の強靭な肉体がレーザーの直撃を受け、激しい痛みに顔を歪ませる。しかし、彼は歯を食いしばり、ミリアムの拘束具に手を伸ばそうと奮闘する。
だが、コレクターはさらに狡猾だった。
「残念だが、そこまでだ」
コレクターが不敵に笑うと、精製プラント全体を揺るがすような轟音が響いた。プラントの天井から、巨大な防護シャッターが降り始め、カケルたちのいる中央エリアを完全に閉じ込める。そして、シャッターの隙間からは、強力な電流が流れ出し、侵入を阻止する電磁バリアを形成していく。
「カケル!イヴァン!電磁バリアだ!これ以上は近づけない!」
ノアの焦った声が響き渡る。彼が必死に解除を試みるが、コレクターのシステムは、この最終防衛線においては、ノアのハッキングを完全に拒絶していた。
カケルは、電磁バリアの向こうで苦しむミリアムを見つめた。あと一歩、本当にあと一歩だった。だが、目の前の電磁バリアが、彼らの行く手を完全に阻んでいる。イヴァンも、レーザーの被弾で体勢を崩し、その場に膝をついた。
コレクターは、シャッターの隙間から、まるで芝居でも見ているかのように冷徹な笑みを浮かべた。
「せいぜい、外で鑑賞しているがいい。君たちの仲間が、新たな麻薬の誕生にどう貢献するかをね」
彼らは、ミリアムの目の前で、そしてコレクターの嘲笑の中で、完全に手詰まりとなっていた。




