18.嘲笑
ノアの警告が響き渡る中、精製プラント内のスピーカーから、突如としてコレクター、アダム・クロスの声が響き渡った。その声は、クリアで、わずかなエコーを伴いながら、プラント全体に不気味に響き渡る。
「よく来たね、GRSIのエージェント諸君。いや、チームY、と呼ぶべきかな?君たちの粘り強さには、心底感銘を受けるよ。まさか、この場所まで辿り着くとはね」
コレクターの声は、嘲笑を含みつつも、どこか彼らを賞賛しているかのような響きがあった。その皮肉なトーンが、カケルとイヴァンの怒りをさらに煽る。
「どうだね、君たちの仲間は。最高の『調整役』として、存分に働いてくれているだろう?」
コレクターの言葉と共に、ミリアムが拘束されているカプセルの照明が一段と強くなる。苦痛に歪むミリアムの顔が、二人の目に痛々しく映し出された。彼女の体から伸びるケーブルが、麻薬の精製装置と直結しており、その様子は見るに堪えない。
「ちくしょう、ミリアムに何しやがった!」
イヴァンが叫び、思わず飛び出そうとするが、カケルが腕を掴んで制止した。
「コレクター!彼女をすぐに解放しろ!でなければ、お前たちの計画は全て終わりだ!」
カケルがインカムを通してコレクターに叫ぶが、コレクターは冷笑するだけだった。
「おやおや、脅しとは随分と古風なやり方だね。残念ながら、君たちの小さな行動が、この壮大な計画に影響を与えることはない。むしろ、君たちがここに来たことで、私のビジネスはさらに盤石になった」
コレクターの声には、自信と優越感が満ち溢れている。
「君たちが彼女の能力を追跡にしか使わないとは、何ともったいないことか。彼女のその特異な周波数感知能力は、『ドリーム・クラウド』の化学反応を、文字通り完璧な状態に安定させることができる。これまでは、精製過程で発生する微細な振動のズレを、複雑な機器で補正していたが、彼女がいれば、そのプロセスは格段に効率化され、純度も飛躍的に高まる。まさに『生きた制御装置』だよ」
コレクターは、饒舌にミリアムの能力を悪用する方法を語り続ける。彼の声は、歓喜に満ちていた。
「君たちの侵入は想定内だ。いや、むしろ歓迎しよう。君たちがここにいることで、彼女もより『協力的』になるだろうからね。そして、GRSIのエージェントが、麻薬精製の片棒を担ぐという事実……これは、銀河中の情報機関を震撼させる、最高のパフォーマンスになると思わないかね?」
彼の言葉は、挑発的でありながら、事実を突きつける。カケルたちは、ミリアムを盾に取られている状況で、迂闊な行動ができない。
ノアの声が、インカム越しにカケルの耳に届く。
「カケル、コレクターの声の発生源を特定した。精製プラントを見下ろす高台にある監視室だ。警備員が複数名確認できる。エミリー、あの位置から狙撃は可能か?」
屋上の狙撃ポイントから、エミリーは暗視スコープでプラント内を詳細に観察していた。コレクターの声が響くスピーカーの位置、そしてその声の発生源である監視室の光景が、彼女の視界に映る。
「監視室は確認したわ。コレクター本人の姿も見える。ただし、厚い防弾ガラスに守られているわね。狙撃で直接彼を無力化するのは難しい。スピーカーも、壁に埋め込まれていて破壊は困難よ」
エミリーは、冷静に報告する。コレクターが、自分たちの狙撃能力まで計算に入れているかのように、堅牢な防御を施していた。
「監視室へのルートは?ノア、警備員の配置は?」
カケルが尋ねる。
「監視室へ続く通路は、現在、警備員が集中している。コレクターは、君たちの接近を読んで、防御を固めたようだ。正面突破は困難だ。しかし、監視室の裏手に、非常用アクセスハッチがある」
「ノア、そのハッチを内部からロック解除できないか?」
カケルは、監視室への隠密接近ルートを探す。
ノアの声が、冷静な判断を下す。
「可能だ。しかし、ハッチを解除すれば、警報が鳴る。その瞬間に、ミリアムへの負荷がさらに高まるか、彼女に危害が及ぶ可能性がある」
選択肢は限られていた。ミリアムを救うためには、何らかの行動を起こすしかない。だが、どの選択肢も、ミリアムを危険に晒す可能性を孕んでいた。
「時間を稼げないか?ノア、プラント内のシステムを一時的に混乱させられないか?エミリー、狙撃で警備員の数を減らせるか?」
カケルは、仲間たちに指示を飛ばす。彼らは、今、コレクターの掌の上で踊らされているかのようだった。しかし、この絶望的な状況を打破するためには、彼ら自身が、コレクターの想像を超える一手を見出すしかなかった。




