16.潜入
ノアのドローンは、コレクターの要塞と化した鉱山施設の詳細な内部構造と、警備の穴を次々と暴き出していった。
「カケル、いくつかの隠密侵入ルートが確認できた。地表近くの旧型資材搬入用ダクト、あるいは地下水路の一部が、監視システムの死角になっている」
ノアがメインモニターに表示された施設の見取り図を指差しながら説明した。複数の緑色の線が、外壁から内部へと伸びている。それらは、警備員の巡回ルートや、赤外線センサー、圧力センサーといった主要なセキュリティ網を迂回できる、まさに"抜け道"だった。
「ただし、どのルートも狭く、侵入には時間がかかる。そして、最も重要なのは、侵入が見破られた瞬間に、ミリアムに危害が及ぶ可能性が極めて高いということだ」
ノアの声が、警告するように響いた。コレクターはミリアムの能力を高く評価しているが、同時に彼女を人質として利用している。もしチームの存在が露見すれば、彼らは躊躇なくミリアムを盾にするだろう。
カケルは、モニターの緑色の線に目を凝らした。彼の脳裏には、捕らわれのミリアムの姿が焼き付いている。
「分かっている。だからこそ、今回は最大限の慎重さが必要だ。いかなる犠牲を払っても、ミリアムは無傷で助け出す」
カケルの声には、静かな、しかし鋼のような決意が宿っていた。
「エミリー、ノアが特定したルートの中から、最も確実で、かつ退路が確保しやすいルートを絞り込んでくれ。狙撃による支援が難しい場所でも、迂回や陽動でカバーできるルートだ」
「了解。各ルートの警備密度、センサーの死角、そして万一の際の避難経路をシミュレーションするわ」
エミリーは、淡々と答える。彼女の眼差しは鋭く、完璧な作戦を組み立てるために、全ての要素を頭の中で組み合わせ始めた。
「イヴァン、君は俺と共に侵入する。警備員との直接的な接触は避けたいが、もし見つかれば、君の力で一気に突破する。ただし、殺傷は最小限に抑えるんだ。目的はミリアムの救出と麻薬の阻止だ」
「へっ、任せとけって!ミリアムのためなら、どんな壁でもぶっ壊してやるよ!」
イヴァンは、力強く拳を握りしめた。彼の心には、怒りよりも、仲間を救うという純粋な思いが満ちていた。
ノアは、最後にカケルへと視線を向けた。
「コレクターは、ミリアムの『音』を感知する能力を利用して、ドリーム・クラウドの精製プロセスを最適化している可能性がある。麻薬が最終段階に入れば、ミリアムの能力は、さらに強力なものとして利用されかねない。時間がない」
ノアの言葉は、最後の警告だった。彼らは、猶予がないことを理解していた。
「時間がないのは分かっている。だが、焦るな。この計画は、ミリアムを救い、コレクターの全てを終わらせるための、俺たちの最後のチャンスだ。絶対にミスは許されない」
カケルは、深呼吸をした。ステルス・クロウの静かな機内には、彼らの固い決意が満ちていた。惑星リュミエールの夜空に輝く星々は、まるで彼らの未来を試すかのように、冷たく瞬いていた。
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惑星リュミエールの荒涼とした大地に、夜の帳が降りる。光学迷彩に包まれた武装艇『ステルス・クロウ』が、廃鉱山施設の陰に静かに身を潜めていた。機内では、カケルが最終チェックを終え、イヴァンが大型のアサルトライフルを肩に担ぎ直す。彼らの顔は、極度の集中と、そして覚悟に満ちていた。
「ノア、エミリー、準備はいいか?」
カケルがインカムに問いかける。
「いつでもいける。武装艇からの遠隔支援、準備万端だ」
ノアの声は、冷静ながらも、どこか張り詰めている。彼の指は既にコンソールの上で待機し、鉱山施設内部のセキュリティシステムを掌握する準備を整えていた。
「私も万全よ。屋上の狙撃ポイントへ向かうわ。そこからなら、施設内部の主要な通路や、場合によっては精製プラントの一部も狙えるはずよ」
エミリーの声は、普段と変わらぬ知的な響きを持つが、その言葉には絶対的な信頼が込められている。彼女は、ステルス・クロウから別行動で施設屋上への隠密侵入を開始していた。
「よし。イヴァン、行くぞ」
カケルは、腰のポーチから小型の探査ライトを取り出し、イヴァンに目配せする。二人は、ステルス・クロウのハッチから静かに滑り降りると、ノアが特定した地下水路の入り口へと向かった。そこは、かつて鉱石の洗浄に使われたであろう、幅広の排水口だった。錆びついた格子は辛うじて外されており、その奥からは、冷たい湿気と、何かが腐敗したような匂いが漂ってくる。
「うわっ、こりゃひでぇな……」
イヴァンが鼻を摘まんで呟く。足元はぬかるみ、水が不気味な音を立てて流れている。しかし、彼らは一歩も躊躇せず、闇の中へとその身を投じた。光学迷彩スーツが、彼らの姿を周囲の景色に溶け込ませ、まるで幽霊のように闇に消えていく。
水路の奥は、予想以上に長く、迷路のようだった。カケルは先頭に立ち、探査ライトの光でわずかな足場と、壁に設置された古い配管を確認しながら進む。時折、天井から水が滴り落ち、その音がひどく大きく響く。二人の足音だけが、静寂を破る唯一の音だった。
「ノア、現在の位置情報と、警備員の巡回パターンをリアルタイムで頼む。水路内のセンサーは?」
カケルが小声でインカムに指示を出す。
「問題ない。水路内には旧式の環境センサーしかない。君たちの光学迷彩には反応しないはずだ。現在、君たちの頭上、この水路の真上には警備員が一名巡回中だが、音は感知していないようだ」
ノアの声が、鼓膜を直接揺らすようにクリアに聞こえてくる。彼の精緻なデータ解析が、彼らの生命線だった。
しばらく進むと、水路は緩やかな上り坂となり、やがて巨大なパイプが複雑に絡み合うエリアへと繋がっていた。そこは、鉱山施設の中心部、地下深くへと通じるメインシャフトの真下にあたる場所だった。
「ここから上だ。このパイプの内部を通れば、警備員の目を掻い潜って、直接精製プラントの階層に出られるはずだ」
カケルが、巨大な送水パイプの蓋を指差した。錆びついてはいるが、内部は比較的手入れが行き届いているように見える。しかし、その開口部から、微かに機械の稼働音と、そしてかすかな人声が聞こえてくる。
「かなり狭いが……いけるか?」
イヴァンがパイプの入り口を見上げる。彼の屈強な体躯には、少々窮屈そうだ。
「問題ない。俺が先導する。ノア、あの精製プラントからの『音』の反応はどうだ?やはり、ミリアムが囚われている場所と同じ反応か?」
カケルは、ミリアムの特異な能力を直接感じることはできないが、ノアのシステムが捉えたデータを通して、彼女の存在を示す微弱な信号の強さを把握しようとする。
「ああ、間違いない。精製プラントの最も深い部分から、ミリアムが倒れた時に検出された妨害電波に似た、しかし制御された『音』の反応が強くなっている。コレクターは、すでに彼女の能力を精製ラインに組み込もうとしている可能性が高い」
ノアの声に、カケルの表情が引き締まった。
「やはり、精製にも使われているのか……」
カケルが呟く。
「そうだ。ミリアムの空間認識能力は、ただ特定の『音』を探知するだけじゃない。彼女は、その『音』が空間の中でどう振動し、どう共鳴するかを正確に把握できる。ドリーム・クラウドの精製には、極めて精密な化学反応と、特定の周波数帯のエネルギーを安定して供給する必要がある。コレクターは、ミリアムのその能力を、高純度の麻薬を効率的に生成するための『生きた調整器』として利用しているのだろう。彼女が感知する『音』の微細なズレが、精製の成功と失敗を分けるんだ」
ノアの解説に、カケルの顔から血の気が引いた。ミリアムが単なる人質ではなく、コレクターの非道な計画の中枢に組み込まれているという事実に、新たな怒りが込み上げる。
「時間がない……」
カケルは、覚悟を決めたように、パイプの内部へと滑り込んだ。イヴァンも、その後に続く。暗く、冷たいパイプの中を、二人の影は音もなく進んでいく。彼らの心には、ミリアムを救い出すという強い使命感が、静かに燃え上がっていた。




