15.廃墟の楽園
惑星リュミエールの郊外に広がるのは、かつての繁栄を物語るかのような、しかし今は朽ち果てた廃墟の鉱山施設群だった。赤茶けた大地に無数の採掘跡が口を開け、錆びついたクレーンが空を掻く。
これこそが、この星の真の姿——かつてはただの寂れた鉱山惑星に過ぎなかった。
そんな惑星リュミエールを、宇宙でも指折りの豪華絢爛なリゾート惑星へと変貌させたのが、リゾート開発コンサルタントとして名を馳せたアダム・クロス、通称“コレクター”の表の顔だった。彼は巧みな手腕で投資を呼び込み、ルナ・パレス駅のような巨大複合施設を築き上げた。
だが、その裏で、彼はこの廃墟となった鉱山施設を秘密裏に再利用し、銀河を蝕む新種麻薬『ドリーム・クラウド』の一大密売拠点へと変え果てていたのだ。
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GRSIの光学迷彩機能を持つ小型武装艇『ステルス・クロウ』が、音もなく夜の荒野を滑空し、廃墟の鉱山施設から数キロ離れた場所に着陸した。周囲の熱感知センサーにも、生命反応は一切捉えられない。内部の照明は最小限で、まさに死んだ惑星といった様相だ。
「ここがコレクターの真の牙城か……」
カケルは、ステルス・クロウのコクピットから、広がる荒野と、その先に佇む不気味なシルエットを見据えた。彼の声には、決意と、わずかな怒りが滲んでいる。隣にはイヴァン、後部座席にはエミリーとノアが控えていた。ミリアムがいない空間は、やはりどこか寂しく感じられる。
「ノア、ドローンを展開しろ。まずは内部の構造と、警備状況の確認だ。ミリアムの正確な位置も、これで特定できるかもしれない」
「了解」
ノアは、短く応じると、コンソールを操作した。
ステルス・クロウの機体下部から、昆虫サイズの超小型ドローンが数機、静かに飛び立った。それらは、風に舞う埃のようにも見えるほど小さく、肉眼で捉えることは困難だ。鉱山施設の巨大な換気ダクトや、かすかな亀裂から、ドローンたちは吸い込まれるように内部へと侵入していく。ノアのモニターには、即座に施設内部のモノクロ映像がストリーミングされ始めた。
「内部構造は複雑だ。採掘坑がそのまま利用されている箇所も多い。警備は外見に反して厳重。センサーネットワークが広範囲に張り巡らされている。だが……やはり、この妨害電波の痕跡は、ミリアムが倒れた時のものと同じだ」
ノアが解析を進めながら報告する。モニターには、通路を巡回する武装した警護員の姿が映し出される。彼らは、ルナ・パレス駅で遭遇した部隊とは異なり、さらに重装備で、完全に殺傷能力を持つ武器を携行している。
「ミリアムの信号は……まだ特定できない。だが、ドリーム・クラウドの精製プラントと思われる場所から、強い『音』の反応が確認できる。ここが、奴らの拠点であることは間違いない」
ノアは、マップ上に赤い点を表示させた。そこは、施設の最も深い部分にある、巨大な地下空洞だった。
「ミリアムがそこにいる可能性が高いわ。コレクターは、彼女の能力を精製ラインに組み込もうとしているはずよ」
エミリーが、冷静に推測を述べた。彼女の目は、モニターの映像を注意深く追い、狙撃ポイントや隠れる場所を探している。
「ちくしょう、あんなところに閉じ込められてるのかよ……!今すぐぶっ壊してぇぜ!」
イヴァンが唸るが、カケルは冷静に首を振った。
「焦るな、イヴァン。今度は、必ず成功させる。ミリアムを救い出し、コレクターの悪事を完全に暴く。そのためには、周到な計画が必要だ」
カケルは、ドローンが収集した映像とノアの分析データを基に、施設の全体像を頭の中に描いた。この廃墟は、コレクターにとっての楽園であり、彼らの闇のビジネスを隠蔽する完璧な隠れ蓑だった。だが、同時に、それが彼らの最大の弱点ともなり得る。
「ノア、全ての警備システムを解析しろ。エミリー、狙撃ポイントと脱出経路のシミュレーションを。イヴァンは突破口を確保し、ミリアムの元へ駆けつけるルートを見つけろ。僕は、コレクターを追い詰める。奴らを、この廃墟ごと潰す」
カケルの瞳に、冷徹な炎が燃え上がった。ミリアムを救う。そして、コレクターの闇の計画を、この惑星リュミエールから完全に消し去る。最終決戦の幕が、今、静かに上がる。




