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GRSI-03 歓楽惑星の闇取引  作者: やた


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01.リゾート惑星リュミエール

 リュミエール。まばゆい光が降り注ぐこのリゾート惑星は、まさに銀河の楽園だった。青い空には巨大な軌道エレベーターがそびえ立ち、その周囲を色とりどりの旅客船が忙しなく行き交う。きらめくガラス張りのビル群、手のひらで転がせそうなほどに整ったミニチュアの街並み、そしてどこからともなく流れてくる、心が浮き立つような軽やかな音楽。リュミエールの中心にあるルナ・パレス駅の広大なコンコースは、銀河中から集まった観光客の陽気なざわめきで満ちていた。


「カケル、見て!あそこに新しくできたドーナツ屋さん、すごく可愛い!」


 ミリアムは目を輝かせながら、カケルの腕を引っ張った。淡いミントグリーンの軽やかなワンピースが、彼女の快活な動きに合わせてふわりと揺れる。手にはリュミエール名物の、星屑のようにきらめく砂糖菓子が乗ったクレープ。カケルは、少し困ったように眉を下げながらも、その弾けるような笑顔に釣られて笑みをこぼした。


「ずいぶん行列ができているな。そんなに食べたいのか?」


「もちろん!カケルは興味ないかもしれないけど、こういう可愛いお店はちゃんとチェックしておかないと!」


 ミリアムは頬を膨らませ、カケルの隣をぴょんぴょんと跳ねる。その姿は、夏休みを満喫しているただの女子高生にしか見えなかった。白のTシャツに薄手のライトブルーのパーカーを羽織り、デニムのハーフパンツを合わせたカケルは、そんなミリアムの弾けるような笑顔を見守りながら、さりげなく周囲に視線を走らせる。観光客の喧騒、店員たちの忙しない動き、警備ロボットの巡回ルート……あらゆる情報が、まるで呼吸をするかのように彼の脳に流れ込んでくる。


 二人は、太陽の光が降り注ぐ広大なショッピングアベニューをゆっくりと進んでいく。ミリアムはウィンドウに飾られた最新のファッションアイテムに目を奪われ、カケルはその横でスマートフォンを取り出し、何気ない様子で駅構内のガイドマップを開いた。


「ねえカケル、あっちのゾーンに最新のアトラクションがあるらしいよ!行ってみようよ!」


 ミリアムが指差す先は、駅の最奥に位置するエンターテイメントゾーンだ。多くの人々が、そのきらびやかな入り口へと吸い込まれていく。カケルはわずかに視線を動かし、その方向をちらりと確認した。


「いいけど、その前に少し休憩していかない?疲れたでしょ」


 カケルはそう言って、駅の中心にある広々とした休憩スペースへと誘導した。人々の会話が心地よいBGMのように響く中、二人は並んでベンチに腰を下ろす。ミリアムは満足そうにクレープの最後の一口を食べ終え、きらめく星屑をカケルの頬にちょんとつけた。


「もう!カケル、子供じゃないんだから」


 ミリアムは笑いながら、カケルの頬についた砂糖を指で拭い取る。カケルはただ微笑み、その手を払いのけることはしない。本当に仲睦まじい高校生カップルが、リゾート地で楽しい時間を過ごしている、ただそれだけの光景だった。



 その頃、ルナ・パレス駅のメインコンコースから少し奥まった場所には、その惑星でも指折りの高級レストラン「エトワール」があった。磨き上げられたクリスタルグラスがシャンデリアの光を反射し、柔らかなジャズの生演奏が空間を満たしている。テーブルには、銀河の各地から取り寄せられた美食と、高価なワインが並べられ、裕福な客たちの笑い声が飛び交っていた。


 そのホールで、エミリーは完璧なレストランスタッフとして働いていた。シンプルな黒の制服に、白いエプロンをきっちりと身につけ、まとめられた髪は一切の乱れがない。彼女の動きは洗練されていて、無駄がなかった。客の呼び出しがあれば、瞬時にそのテーブルへ向かい、スマートな所作でオーダーを取る。おすすめのワインを尋ねられれば、微笑みを湛えながら、その客の好みや料理に合わせた最適な一本を淀みなく提案した。


「失礼いたします。お飲み物はいかがいたしましょうか?」


 エミリーの声は、まるで訓練された歌手のように澄んでいて、心地よく響く。彼女が客のグラスに水を注ぐ手つきは優雅で、一切水滴をこぼすことはなかった。客からのどんな些細な要望にも、彼女は完璧な笑顔と対応で応えた。彼女は才能ある若きレストランスタッフであった。


 しかし、彼女の視線は常に周囲を観察していた。テーブルの配置、客の入れ替わり、ウェイターたちの動線。ホール全体を俯瞰し、些細な変化も見逃さない。注文を受けた料理が運ばれてくるまでのわずかな待ち時間にも、彼女の目は絶えず動いていた。

奥の個室から、銀河でも名の知れた企業の重役らしき男が大声で笑う声が聞こえる。エミリーは、その声の主の顔と、隣に座る男の顔を記憶に刻みつける。彼女は、この空間のあらゆる情報を、自然な呼吸のように取り込んでいた。ただ完璧なサービスを提供するホールスタッフとして、そこに存在しているだけだった。



 ルナ・パレス駅の華やかな喧騒からかけ離れた、地下の貨物搬入エリア。そこは薄暗く、金属と油の匂いが混じり合い、貨物コンテナの出し入れを指示する音声とフォークリフトの轟音が響いていた。銀河中から届くありとあらゆる荷物が、休むことなくこの場所で仕分けされ、それぞれの目的地へと送り出されていく。


 その中で、イヴァンは駅の倉庫スタッフとして働いていた。彼が着ているのは、他の正規スタッフと同じくたびれた作業着。だが、普段着慣れないせいか、肩のあたりが少し窮屈そうに見える。イヴァンは、その屈強な体格を活かし、重い貨物箱を軽々と運び上げ、指定された棚へと正確に積み上げていく。汗が額に滲み、額のタオルの位置を直す。


「おい、そこの派遣!そのボックス、奥のコンテナに積んでくれ!」


 主任らしき男からの指示にも、イヴァンは無言で頷き、言われた通りに作業をこなす。彼は、他のスタッフとはほとんど会話をしない。聞かれたことにはぶっきらぼうに答え、それ以外はただ黙々と、しかし淀みなく体を動かしていた。派遣されてきたばかりの、口数の少ない寡黙な新人――それが、この場所でのイヴァンの立ち位置だった。


 だが、その無愛想な態度の裏で、彼の目は常に周囲を警戒していた。搬入される貨物コンテナのリスト、それぞれのコンテナの番号と内容、搬入を待つトラックのナンバープレート。そして、休憩時間にタバコを吸いながら交わされる、他のスタッフたちの何気ない会話。彼は、それらすべてを無意識のうちに記憶し、頭の中で情報として整理していた。重い荷物を運ぶ動作も、彼の視線が死角になる場所へ向かうための口実となり、手袋越しの指先が、不審な質感の貨物箱に触れることもあった。彼はただの「派遣員」として、この地下倉庫のすべてを把握しようとしていた。



 ルナ・パレス駅から少し離れた、リュミエールのとある商業ビルの一室。観光客が行き交う賑やかな大通りに面していながら、その室内は外界の喧騒とは無縁だった。防音設備が施され、窓は特殊なフィルムで覆われている。そこが、チームYがこの惑星で拠点として使う隠れ家だった。


 室内の中央には、何台もの高機能モニターが壁一面に埋め込まれた特製のワークステーションが据えられ、無数のケーブルが複雑に絡み合っている。その前に座るのは、チームの頭脳であるノアだった。彼の服装は、ラフなTシャツにカーゴパンツと、彼の仕事場である部屋と同じく機能的で、無駄がない。


 ノアの指は、光るキーボードの上を猛烈な速さで駆け巡り、まるで意思を持った生き物のようにディスプレイ上のコードを操っていた。彼の目の前には、ルナ・パレス駅の監視カメラネットワークがリアルタイムで映し出され、駅を行き交う人々の顔が次々と認識されていく。別のモニターには、駅の公共Wi-Fiの通信ログが秒単位で更新され、無数のデータパケットが光の粒子となって流れていく。


 ノアは時折、ヘッドセットを耳に当て、低い声で何かを呟いていた。彼の表情は常に冷静で、感情をほとんど表に出さない。しかし、その瞳の奥には、彼が追い求める「何か」に対する飽くなき探求心と、天才的な洞察力が宿っている。


 彼の仕事は、膨大な情報の海から、必要なデータをピンポイントで抜き出し、意味のあるパターンを見つけ出すことだ。それが、駅のセキュリティシステムの脆弱性なのか、あるいは特定の人物の行動履歴なのか、彼の作業を見てもその目的は誰にもわからないだろう。ただ、彼が極めて重要な何かを探し出していることだけは、彼の集中した横顔が雄弁に物語っていた。

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