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あまあま

作者: HORA

とある東北地方の太平洋に近い地域。今日も一人の女子校生が学校の終わるチャイムが鳴るやいなや教室を飛び出す。玄関で急いで靴を履き替えて外の駐輪場へダッシュ。自転車の立ち漕ぎをして急いで家に帰る。本当は家から近い公立の高校に通えれば良かったのだが、家の近くの高校への入学には学力が150点程足りずに受験する事すら叶わなかった。

自転車で40分程かかる遠ーい私立高校に通っている。周りからは

「電車で通えばよいべ」

と提案されているが、電車は1時間半に1本。自転車で帰った方が早く帰宅できはするのだ。


家から海までは100mも離れていない。彼女は年がら年中、波の音を聞き、海の中にいたい人物であった。海は幼少の頃からずっと遊んできた庭みたいなものだ。今日も暑い日であったので海に飛び込むと非常に気持ちが良い。

彼女は(あまみ)阿真(あま)。綺麗な亜麻色の髪を持つ17歳のギャル。現役あまちゃんだ。


「あ~、自転車こぎ過ぎて汗でべくった~。海ん中は気持ちいい~♪白水郎はいいよね。頭良ぐでよ。」

「そか?阿真(あま)ちゃんも地頭は良いんだがら勉強してれば良かったべ。」

「う…… 気づぐのぉ遅がっだのよ。中学の時もずっと海さ来てだの白水郎も知ってだべ?」

「うす。おらもいだね。」

「白水郎はそれで何で点数取れでんのよ。」

「うす。」


白水郎は阿真(あま)の幼馴染。家が近所で兄弟のように育ってきた。身長は現在180cmある。165cmと女性としては背の高い阿真(あま)よりも随分と高い。だが3年前の中学2年までは阿真(あま)よりも体が小さく阿真(あま)の周りをちょろちょろと付いて回っていた。白水郎は徒歩5分程の公立の高校に通っている。本当は阿真(あま)と同じ私立高校に行くべしと考えていたが、阿真(あま)から

「高校がら家が(ちけ)えんだったら早めに潜れるように準備しておいでけろ♪」

と頼まれ、海女(あま)に使う道具や小舟を出す準備をしておき、立ち漕ぎでぜーぜー言いながら帰ってくる阿真(あま)を毎日家の前で迎えている。そんな阿真(あま)のために尽くす日々が彼の幸せであるようだ。


阿真(あま)ちゃんは今日も?」

「そうそう。海女(あま)は日沈むまでっていう約束だがらね。時間はちょっとだけど白水郎、操船よろすく♪」

「うす。」


母も祖母も曾祖母もその上も、、、なんと1800年以上もずっと海女(あま)の家系。現天皇家よりも純血で由緒正しい海女(あま)の家系である。そんな彼女が海に潜るのは伝統…や、お金のため…というよりは、ただただ海が好きで海女(あま)が好きで、遊び感覚で海に通っている。

白水郎には海や海女(あま)には思い入れが特に無い。引っ込み思案である白水郎と長く一緒にいてくれ、色々な景色を見せてくれる阿真(あま)のために色々と尽くしているのだ。


「日ぃ暮れはじめでがら海に潜ってはいげねぁーがらね。」

「言い(づだ)えだっけ?」

「んだっちゃ。おっかねえ魔物さが出でぐっからね。」


外がまだ明るい状態であっても太陽が水平線に触るまでには海から上がっておかなければならない。そういう言い伝えがその海女(あま)一家の家系にはあった。それはおよそ1800年前の弥生時代の後期。まだ倭の国に文字が存在しない時代の話。西日本は邪馬(やま)台国(たいこく)の女王卑弥呼(ひみこ)の双子の娘の壹與(いよ)臺與(とよ)が平定する。しかし2人は間もなく対立。壹與(いよ)神功皇后(じんぐうこうごう)を名乗り、朝鮮半島に出兵して新羅を攻める。臺與(とよ)はそれに反対した。暗殺を恐れ近畿から東海へ、太平洋側を通り東北に拠点を移す。臺與(とよ)阿真(あま)のご先祖様。つまり卑弥呼(ひみこ)の直系の血を継いでいるのだ。ただし阿真の家系は卑弥呼(ひみこ)様という歴史上知られている人物よりもこの地に入植した臺與(とよ)様の方を誇りに思っている。


「一族に伝わっている秘密だべ。」

「うす。阿真(あま)ちゃんが凄いっつーごどはおらにはずっと分がってだ。」

「まぁほいな昔の事はウチにはさっぱり関係ねぁーんだげどね。臺與(とよ)様もこの同じ海を見で感動してたんだべなって思ってね。」

「うす。」


当時の東北には既に人は多く入植しており海女(あま)という仕事自体は男女問わず食料を得るために行われていた。臺與(とよ)がその地に移り住んで20年を過ぎた頃の弥生時代後期にある事件がその形態に変化をもたらす。

日が沈む頃に水生生物が陸上生物を水の中に引き()りこんでしまうという『水隠し』と呼ばれる現象が多発するようになる。

臺與(とよ)はその原因を究明すべく兵隊に命じて海の近くの小屋で見張りを立てさせた。


日が沈む。


しばらくすると2本脚で歩く女のような姿。遠目で見れば全裸の美女に見えるのだが、近づくと鱗が細かく全身を埋め尽くしており、生臭い匂いがする。そんな人魚のような海洋生物が海からどんどん陸に上がってきたのだ。

臺與(とよ)に仕える兵士は男性3割、女性7割。

その内の男性兵士が突然命令を守らずにふらふらとその人魚の方へ歩を進め、自らの意志で人魚とともに海の中に入水自殺をしていく。女性兵士からすれば気持ち悪く感じるその見た目や匂いも、男性兵士からすれば強力な催眠作用があるようで、その1回の偵察で多くの男性兵士を失った。

女性兵士が1体の人魚を拘束すると10分程すると苦しみ始め、その内動かなくなり死んでしまった。おそらく陸では息を止めているのだろう。これは海女(あま)が海中で息を止めて食糧を取っていることと酷似しているではないか。


「結局我は戦から逃れられんのじゃな。」


臺與(とよ)は女性のみの討伐隊を組む。男性は後方の支援のみとした。すでに沖の方に敵のボスは見えている。水深が20m程の地点ではあるが、棘が4~5m突き出している。あれは雲丹(うに)であろう。体高が25m~30m程はあるのであろう。母の卑弥呼(ひみこ)程ではないが臺與(とよ)にも能力は備わっており、その雲丹(うに)が『水隠し』の黒幕であると勘づいている。厳しい戦いになることが予想された。




戦いは丸1日行われ、被害を出しつつも巨大雲丹(うに)を倒すことができた。戦った相手は食べる。この考えも1800年間、今に至るまで受け継がれている。


「あら?雲丹(うに)って美味しいのね♪味は天下一よ。馬糞みたいだから絶対嫌だったけどイケるわよ。皆も食べて~」


そして月日は流れ

阿真(あま)も海に潜る目的は雲丹(うに)をとって海水で洗いそのまま食べるためでもあった。


「白水郎も食いなよ。美味しいよ。」

「おらは苦手だがら」

「もったいねぁーな」


白水郎は雲丹(うに)が苦手ではない。阿真(あま)が白水郎に雲丹(うに)を勧めるときにいつも死ぬほど名残惜しそうな顔をするからだ。雲丹(うに)好きの家系はずっと変わらず、祖母も母もこの海でお菓子として雲丹(うに)を頂いてきたのだ。


東日本大震災の17年後には東北の巨大雲丹(うに)が再び生まれ、また人魚を引き連れて人を引きづりこむ事は確定している。つまり3年後、阿真(あま)が20歳となる2028年の事だ。臺與(とよ)様の力は脈々と受け継がれ祖母、母、そして阿真(あま)に受け継がれている。


阿真(あま)には分かっている事がある。3年後の総大将となる巨大雲丹(うに)と配下の数多の人魚の襲来、そしてそれを阿真(あま)が先頭に立って戦う。そのすぐ後ろには白水郎。2人の活躍でもって撃退する事ができる事。特にニュースにはならない。これまでの歴史上からしても大事にしてはいけないのだ。


そして勝利の気分の内に、これまでコツコツと海の資源を売って溜めたお金で指輪を買って白水郎にプロポーズをする。すると白水郎はいつものように

「うす。」

と、顔と耳を真っ赤にして受けてくれる事が阿真(あま)には分かる。


2人が末永く幸せに暮らすという(すじ)から外れないように。阿真(あま)は毎日自転車でぜーぜー言いながら、白水郎と一緒に海に行っているのであった。


「あぁ。すまね。白水郎を………食ってすまった…」




そのような未来は“あまあま”な2人にはやって来ないのである。

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