碧色は死を招く色(11)
私を見ながらライズ隊長は苦悩の表情で頷く。
「セシリア嬢は既に死亡しています。よって確認することはできません。ですが家族仲もいいセシリア嬢が、家族の誰一人にも飲ませず、巷で話題のサファイアティーを独り占めしたとしたら……違和感があります。そうなるとこのヒソヒソ話を聞き、流産したいと考え、硫酸銅を飲んだのではないかと」
これにはもう言葉が出ない。
望まぬ妊娠、しかもそのお腹の赤ん坊の父親とは意に添わぬ形で関係を持つことになった。堕胎したい、できれば流産してなかったことにしたいとセシリアが考えたとしても……。
だがそれが悲劇を生むことになった。
せっかく、渡されたお茶がサファイアティーではないと分かったのに。もしそれを飲まなければ、セシリアは亡くなることはなかったのだ。ジャックも愛する人を失わずに済んだのに……。しかも硫酸銅を飲んで堕胎などできるわけがないのだ。
パン屋の娘毒殺事件の真相。
それは一人の男の執着が招いた取り返しのつかない悲劇の結果だった。
◇◇◇
コルディア公爵邸の喫茶室。
まだ残暑が厳しいこの季節、庭に面した窓は開け放たれている。
ゆるく吹いた風が、レースのカーテンを静かに揺らしていた。
「アイスレモンティーです」
氷室の氷を入れた冷たい飲み物。
冷蔵庫のないこの世界ではとても貴重な物だった。
窓際のテーブルセットには秋葡萄で作られたタルト、この時期に旬を迎えたイチジクパウンドケーキが並んでいた。濃紺のスーツ姿のアレス、クリーム色のドレスを着た私は、庭を眺めるように隣あって座っている。
「パン屋の娘毒殺事件について、オルニオンは全てを自白しました。でもまだ謎が残っていると思うんです」
「そうですね。ティナならそれに気付くと思っていました」
アレスはそういって慈愛に満ちた笑顔を浮かべる。
「ティナの問いには全て答えますよ。何が気になっていますか?」
「ジャックをあの場に、ザ・ロイヤルに呼べた理由です。まさに切り札のように登場したジャックに驚きました」
「そうですね。それについて話すならすべては第三方面の隊長ランドルフのおかげです」
皮肉を込めたアレスの言葉に、私は首を傾げる。
「ランドルフはオルニオンとは顔見知りだった。そして今回の件で便宜を図るよう求められ、多額の賄賂を受け取っています。だからこそわたしとティナが王都警備隊を訪ねた時、けんもほろろな対応をした。でもそれを見たライズ隊長が現場を、セシリア嬢の生家へ行くことを提案してくれたのです。現場を見ることが出来たので、この事件の謎に迫ることができました」
確かにアレスはゴミ箱を見て、気が付くことになった。
あの時、ゴミ箱の中には、茶葉の入った缶を入れていた紙袋が捨てられていた。そしてその紙袋には鮮やかなコバルトブルーの染みが残っていたのだ。おそらく茶葉が捨てられており、その茶葉自体は王都警備隊により回収されている。だが紙袋は放置されていた。前世のように鑑識が厳密に行われる世界ではない。それに第三方面の隊長ランドルフは、オルニオンに便宜を図るため、捜査に手を抜いていた。捜査に役立つはずの証拠も見て見ぬふり、重要な証言を無視するなど、したい放題だったのだ。
しかしそれらのおかげで、アレスは気づく。
サファイアティーは確かに碧い色をしているが、硫酸銅ほどの鮮やかさではない。毒入りのサファイアティーが使われていると言うが、そうではないのではと気づき、回収した紙袋の調査をロバーツに依頼することになったのだ。
「ゴミ箱の中身もそうですが、セシリア嬢の部屋を見ることができた。これもとても大きかったです」
「彼女の部屋は私も一緒に見ましたが、手紙は王都警備隊が回収していましたし、貴族でもないので日記を書いていたわけでもありません。ヒントは……見つけられなかったと思ったのですが」
そこでアレスは私に謝罪の言葉を口にするので、どうしたのかと思ったら……。
「切り札というのは誰にも明かさないようにしているのです。手の内は知るのは自分のみとする。そうすうることで何かあった時、大切な人を守れるからです。たとえば金庫。暗証番号はわたししか知りません。わたししか知らないと、公言しています。こうすることでティナが金庫を開けろと脅されたり、暗証番号を吐くようにと誘拐されることもありません。あえて切り札を知るのは自分のみとしているのです。よってあの時、わたしはあることに気付いたのですが、ティナには秘密にしていていました」
これには「そうなのですね」と応じ、私は伝えることになる。
「誰かの守るための秘密なのです。私は気にしません。ところであの部屋で何を見つけたのですか? もう事件は解決したので、話すことはできます……?」
「ええ、お話します。あの部屋には、毛糸がありましたよね?」
「はい。刺繍やレース編みなど、内職をしている平民の女性は多いですから。マフラーや手袋もこれからの季節、需要もあり高く売れるはずです」
そこでアレスは「その通りです」と微笑む。そしてこう教えてくれる。
「あの毛糸を確認した時、見つけたのです。作りかけの小さな靴下を」
「え……」
「堕胎することを決意する前、セシリア嬢は赤ん坊を産むつもりでいた。産まれてくる赤ん坊のために、温かい毛糸の靴下を用意しようと考えていたのです」
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