碧色は死を招く色(9)
『お腹の赤ちゃんの父親はライアス・ニール・オルニオンなんだ』
『そうだと思った。……いつの間に付き合っていたんだよ?』
『違うよ。付き合ってなんかいない。……無理矢理だった』
それは衝撃の告白でした。
セシリアは最初、オルニオン様のことを王子様のように捉えて、憧れていました。それはそうでしょう。オルニオン様は貴族で、ハンサムで、商会主。ですがセシリアは身の程をわきまえていました。平民が貴族に恋しても、悲しい結末しか待っていない。結婚なんてできないし、付き合っても間違いなく捨てられる。もしくは愛人として一生日陰の存在になるしかない。正妻の目を恐れ、ひっそり生きていくなんて──セシリアはそんな生き方を望んでいたわけではなかったのです。
ですがそうすることで、逆にオルニオン様に執着されてしまう。
オルニオン様は常時複数人の女性と交際していて、彼女たちは高価な贈り物をしたり、豪華なレストランに連れて行ったり、オペラなどの高額な公演に彼を同伴してチヤホヤしていました。
でもセシリアはお金があるわけではないからそんなことはできないし、するつもりはない。でもオルニオン様は、本当はセシリアは自分を誘いたいのに、平民だからそれも出来ないのだろうと思い込み……。
だからといってセシリアのためにお金を使うわけではないんです。ただ街中でセシリアを見かけると、馬車で送ると言って聞かない。時には強引に馬車に乗せられることもあったそうです。セシリアは何とかオルニオン様の馬車に遭遇しないよう、細い路地や裏道を歩くようにしていましたが……。
そんな裏道にひょっこりオルニオン様が乗った馬車が現れ、強引に中へと連れ込まれて……。セシリアの意に反して、オルニオン様と体の関係を持つことになったのです。
そしてその関係は一度では終わらなかった。誘いを断ればパン屋の評判が落ちることになると、オルニオン様はセシリアを脅しました。その結果、セシリアの意に沿わない関係が繰り返され……。
やがて妊娠の可能性にセシリアは気がつくことになったのです。
それを知った僕は…… オルニオン様に怒りを覚え、自分の不甲斐なさを恥じることになりました。セシリアは僕にとって幼なじみであり、家族も同然。彼女の苦しみに気づかず、取り返しのつかない事態になるまで、何も出来なかった。今からでも遅くない。セシリアのために何か出来ないかと考えて……。
『セシリア。未婚で子供を産んで育てるのは苦労するだけだ。僕と……結婚しよう』
この提案にセシリアは大いに驚き、『ジャックを巻き込むわけにはいかない』と言いました。さらに『ジャックには幸せになって欲しい。心から愛している人と結ばれて欲しいから、私のことは気にしないで』と付け加えたのです。
僕は……特に好きな人がいたわけではありません。そして多分、自覚したことはありませんでした。あまりにも当たり前にそこにいたから。でもきっと僕が一緒にいて安心できて、幸せにしたいと思う相手、それは……セシリアに違いありません。その素直な気持ちを伝えました。するとセシリアはボロボロと涙をこぼしたのです。
『私はもう、ジャックには相応しくない。この体は穢れ、お腹には……私の身と心を踏みにじった男のせいで、忌むべき命が宿っているのよ』
そう言ったのです。確かにそうなのかもしれません。赤ん坊の半分はあのオルニオン様の血が流れているのですから。それでも産まれてくる赤ん坊に罪はない。セシリアの血だって流れています。彼女が懸命に産む子供なら……僕は愛したいと思っていました。
その気持ちもセシリアに伝え、僕たちは結婚することを誓ったのです。
『でもまずはオルニオン様に話して、ジャックと結婚するからもうつきまとわないでと言おうと思う』
双方の両親に結婚したいと話す前に、オルニオン様との関係を清算したいとセシリアは考えたのです。それに反対するつもりなく、むしろどうしたらオルニオン様がセシリアを諦めてくれるかを考え……こう提案したのです。
『お腹の子どもは僕の子どもだということにしよう。助産師にも相談したが、可能性として僕の方が確実だということにするんだ。それにオルニオン様は避妊はしていたのだろう?』
オルニオン様は複数の女性と交際し、体の関係を持っていました。その全員の相手との間に子供ができたら大変。よって避妊だけは律儀にしていたようなのです。平民には高価過ぎて手に入らない避妊具を使ったり、避妊を意識した行為をしていたとセシリアは言っていました。だからこそ、です。自分ではない男の赤ん坊を身籠ったと知ったら、さすがのオルニオン様も諦めると思いました。
執着はしていても、所詮相手は平民。たとえセシリアが妊娠したと知っても、正妻に迎えるわけがない。むしろ妊娠をネタに強請られることを嫌がると思いました。それでも、もしもがあります。自分の子どもを身籠っているなら、愛人として囲うと言い出す可能性はゼロではありません。もしもそんなことになれば、セシリアは一生囚われの身も同然。そこで完全に縁が切れるよう、セシリアは僕の子どもを身籠っている――そのことをオルニオン様に話したはずなのです。
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すべての謎はまだ明かされたわけではありません。
一体どんな謎が残されているのか。
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