碧色は死を招く色(8)
セシリアと僕は幼なじみで、その関係は家族のようでした。家は離れていたのですが、僕の家族が作る小麦をセシリアの両親は毎日購入している。毎朝のように荷馬車にセシリアと彼女の祖父であるお爺さんやお父さんが乗って、僕の家にやってくるんです。それは雨が降ろうが雪が降ろうが関係なく、日課になっています。
そうやって日々、顔を合わせて成長してきた僕たちは、友達以上の親しさがあり、家族も同然でした。
そんなセシリアから打ち明けられたのは、パン屋の常連客の男性のことです。
『ライアス・ニール・オルニオンというそうよ。オルニオン侯爵家の次男で、まだ二十歳そこそこなのに、商会主なの。学校に在学している時に、砂糖を扱う商会を立ち上げたのよ。すごいわよね』
最初はオルニオン様を褒める言葉でした。
でも次第に風向きが変わってきます。
『オルニオン様は沢山お付き合いしている人がいるの。若くてハンサムで貴族の商会主。モテて当然よね。しかも優しいから……。私は憧れるけど、憧れるだけ。そもそも平民と貴族だもん。憧れて終わりが一番よ』
そんなふうに言い出したと思ったら……。
『今日ね、お爺ちゃんに頼まれていた本を買って家に向かって歩いていたら、オルニオン様に声をかけられたの。馬車に乗っていたオルニオン様が家まで送るって言ってくれて……それで家まで送ってもらっちゃった!』
さらにこんな話を聞くことになりました。
『なんかね、何度かオルニオン様の馬車で家の近くまで送ってもらったのだけど……。少しオルニオン様が近いというか……。馬車の中で私の隣に座るの。それで……手を握ったり、肩を抱き寄せるのよ。なんかどうしていいか分からない。お店の常連さんだし……』
この話を聞いた僕は『馬車に乗せてもらうのをやめた方がいい』とアドバイスをしました。
すると……。
『馬車に乗るのを断ったら、すごく文句を言われたの。もう二度と店でパンを買わないとか、お前の店のパンは不味いって言いふらしてやるって言われて……どうしたらいいのかな?』
この相談に驚いた僕は、両親に相談することを勧めました。セシリアは『そうだね』と言っていたものの、本当に両親に相談したのかは分かりません。しかしそれ以降、セシリアがオルニオンについて相談することはなくなりました。
何より僕自身が夏を迎え、小麦の収穫に忙しく、セシリアと会っても短い会話だけで終わっています。もしかすると何か相談にしたいことがあったのかもしれませんが……。
次にゆっくり話を聞くことになったのは、小麦の収穫がひと段落した時です。その日、セシリアはとても元気がなく沈んだ様子でした。
『夕ご飯の後、話したいの!』
そう言われ、夕食の後、セシリアの家に向かいました。彼女の家の入口のドアの脇にはベンチが置かれているので、そこに腰かけて話を聞くことにしたのですが……。
『なんかごめんね。呼び出したけどやっぱり話せない……』
結局、その時、セシリアは何も打ち明けなかったのです。でもそれ以降会う時、セシリアはいつも通りに見えたので、僕はあまり詮索しない方がいいかなと思っていました。
ところがそれから一か月ほど過ぎた頃、毎朝、子供の頃からずっと欠かさず小麦を買いに来ていたセシリアが姿を見せなかったんです。心配になり、一人で小麦を買いに来ていたお爺さんに尋ねました。セシリアはどうしたのかと。
「多分、夏バテじゃな。今年の夏は特に暑さが厳しかったから。今日は寝坊しているが、店には行くじゃろう。心配することはない」
お爺さんの言う通りで、配達の帰りにパン屋を覗くと、確かにセシリアはいつも通りでカウンターで忙しそうに働いていました。そして翌日には何事もなかったように、父親と一緒に小麦を買いに来たのです。
それからしばらくは姿を見せたり、見せなかったりで……。
大丈夫なのかと思い、本人に聞くと『平気よ! だいぶ涼しくなってきたから、落ち着いて来たわ。あ、そうだ! 明日の夜、ご飯でも食べに行きましょう。ひと足早い食欲の秋。なんか美味しいもの沢山食べたい!』なんて言い出したんです。
断る理由もないので、セシリアに付き合って、僕は街のレストランに行きました。するとそこでセシリアはこんなことを言い出したんです。
『私ね、多分、お腹に赤ちゃんがいるの』
『ええっ』
『父親は……誰だかは言えないの。私とは身分が違うから、結婚出来ない。それに私、彼のこと好きってわけでないんだよね。憧れてはいたけど。モテる人だろうし、ライバルが多すぎて。一度、彼と付き合っている女性に呼び出されて、平民のくせに生意気だって、馬糞を浴びせられたのよ。参ったわ。だから私ね、赤ちゃんは一人で育てる』
その話を聞いた時、僕は一人の男性のことが頭に浮かびました。そこでセシリアを問い詰めたら……。全て打ち明けてくれたのです。
ずっと抱えていた秘密を。
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