碧色は死を招く色(6)
愛する人とは結ばれることがなかった。
そのことを激白した後のライアスは魂が抜けたような表情になっている。
「失礼を承知でお聞きしたいのですが、オルニオン殿は侯爵家の次男です。望む相手と婚約できる身分なのでは? しかもあなたは若き青年実業家。望んで叶わぬ願いなどないように思えますが……」
アレスは絶妙な問いかけを行う。「失礼を承知で」と前置きしているが、その後はライアスをよいしょする言葉ばかり。だがその実、その立場でごり押しすれば、婚約できない相手など、いないはずなのでは? 愛する女性との婚約、出来なかったなど信じられないと言っている。これを聞いたライアスは……。
「それは……僕が望めば……でも彼女が……」
そこでライアスは口ごもり、だんまりとなってしまう。
一方の私は一つのシナリオを思い浮かべていた。
ライアスは自身の家門の力を使えば、強引に意図する令嬢と婚約することができたはず。だがそこで邪魔をする者が現れた。それが……パン屋の娘セシリアだったのではないか。セシリアは容姿がいいライアスに惚れ込んだ。身分違いの恋という障壁に気持ちがヒートアップした。だがライアスには想い人がいる。彼女との婚約、無理をすればできる。それを知って脅したのではないか。想い人がいる令嬢に、自身の存在をぶちまけてやる――などと言い出したのでは? そこでライアスは邪魔をするセシリアを毒殺した。
「ところで先ほど、サファイアティーで毒殺事件が起きたとおっしゃっていましたが、我々の総力取材により、それは覆っているようですよ」
だんまりとなったライアスに口を開かせるため、アレスが変化球を投じた。するとライアスは「えっ」と目を大きく見開く。
「サファイアティーはコルディア公爵により在庫は厳しく管理されています。さらにサファイアティーを入手している人物のリストも検証されましたが、パン屋の娘を毒殺する動機を持つ人物は見当たらなかった。王都警備隊もバカではありません。そうなるとある疑いを持つ。パン屋の娘が飲んだというサファイアティーは本物だったのか、と」
アレスの言葉にライアスは「!」と驚きの表情を浮かべ「くそっ、ランドルフめ」と苦々しく呟く。
会話の流れから、ライアスが呻くように口にしたランドルフとは、王都警備隊第三方面の隊長であるあのランドルフのことで間違いないだろう。ロバーツの調査で明らかになったこと。それはランドルフが第三方面の隊長に抜擢されたのは、ライアスの商会の建物に侵入した強盗を捕えたことがきっかけだった。その強盗は多数の余罪がある指名手配犯で懸賞金もついていた。つまりランドルフとライアスには接点があったのだ。
「王都警備隊の鑑識が分析した結果。パン屋の娘が飲んだのはサファイアティーではありませんでした」
アレスがサラリと言ったこの言葉を聞き、ライアスの顔から表情が消えた。
無言のライアスにアレスは話を続ける。
「彼女は硫酸銅を湯で溶かしたものを飲んだに過ぎない。茶葉などではなく、ただの乾燥した雑草と硫酸銅を溶かし『変な味と匂いだ』と思いつつも、巷で話題のサファイアティーです。美味しいと思えないのは、自分の舌が高級なものに慣れていないからだと思い、飲み干した。何より硫酸銅は目にも鮮やかなコバルトブルーで、溶かしてもその見事な色合いが維持される。パン屋の娘であるセシリア嬢はこれまでサファイアティーなんて飲んだことがない。実物を見たこともありません。ゆえにその見た目の美しさからも、それがサファイアティーであると信じたのでしょう。しかもその偽物サファイアティーをプレゼントした相手が貴族だったから、信じて疑わなかった。様々なバイアスがかかり、セシリア嬢は自身の直感に目をつむり、硫酸銅を飲んでしまったのです」
核心を完全に突かれたのだろう。ライアスの頬が痙攣している。だがグッと奥歯を噛み締め、深呼吸をしたライアスが口を開く。
「……なるほど。とても恐ろしい事件ですね。話題のサファイアティーに便乗した平民による犯行ということか。硫酸銅なんて、農薬で使われるものですから。誰でも手に入れることができる。容疑者が一気に広がり、王都警備隊も大変でしょうね」
ライアスは自分で自分の言葉を聞きながら、自信を取り戻していた。これまでのサファイアティーによる毒殺なら、容疑者は貴族となる。だが硫酸銅が使われたとなると……。農薬として薬屋でも手に入る硫酸銅が使われたのなら、平民も容疑者の範疇に入って来るので、特定が難しいと考えたようだ。
それに応じたアレスが口を開く。
「そうです。パン屋で働くセシリア嬢は店員と客という関係で、平民や貴族と問わず、多くの顔見知りがいました。彼ら全員が容疑者となると……。ですがここはやはり捜査の基本で、セシリア嬢の身近な人物を調べることになる。そこで一人の男性が浮上しました。セシリア嬢の幼なじみ、小麦農家の長男のジャック氏です」
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