碧色は死を招く色(3)
場末の昼間からやっている居酒屋へアレスと共に向かうと、いつもの定位置の席にロバーツがいた。
髪はぼさぼさで着ている白シャツの襟には汗じみ。突っ伏すテーブルの周囲には沢山の空の木製のビールのジョッキ。一見したら昼から飲んでいるただの酔っ払い。しかしその正体は――国王陛下配下のシークレットガーディアンのメンバーの一人。シークレットガーディアンとは諜報部のことであり、そのメンバーは精鋭のスパイなのだ。つまり女好きで酒好きの新聞社の記者というのは仮の姿に過ぎなかった。
そのロバーツにパールグレーのセットアップを着たアレスは、セシリアの生家から回収したある物の調査と報告、そして取材を依頼していた。
「いきなり渡されたこれを調査して、結果が分かったら報告、それが終わったら取材をしろ、と? まったく公爵様は人使いが荒い。俺は暇人ではないんですよ」
「だが君は新聞社の記者です。たまには特ダネで一面を飾りたくないのですか?」
「それは……まあ、そうですね。たまには、たまに、でいいんですよ、俺は。あの魔女の事件をいち早く記事にして、半年分のボーナスをもらった。今は悠々自適な時間を過ごして」
「それに金貨に加え、この報酬、君にとっては魅力的では?」
アレスがロバーツの言葉に重ねるように話し出し、ドンと立派なボトルをテーブルに置く。ロバーツはチラリとそのボトルを見て、ゴクリと生唾を飲む。
ロバーツへの報酬+αとしてアレスが持参したのは、超高級シャンパン。このボトル1本が一か月分の給料に匹敵する。王侯貴族の嗜好品であり、そもそも通常では流通しておらず、さすがのロバーツでも表向きの職業では手に入れることができない。
「これをケース単位で進呈しましょう」
「……分かった。調べよう」
ロバーツとアレスが力強く握手をした。
◇◇◇
ロバーツはアレスから依頼を受けた一週間後。
きっちり調査を終えて、報告を行った。
昼時、スカイブルー色のスーツ姿のアレスと二人、いつもの場末の居酒屋へ向かうと……。
ロバーツはボトルグリーン色のセットアップをパリッと着こなし、テーブルにはこのお店の高めの料理がズラリと並べられている。しかも彼はホクホクとした笑顔で揉み手をして私たちを迎えたのだ!
「いやあ、今回はいい依頼だった。なに、別件で動く必要があったのだが、公爵の依頼をこなしたら、そちらの件が解決したのさ。実に効率的に動けた。今回はその礼で、俺のおごりだ。昼はまだだろう? 食べてくれ。ここの料理は王都一だ」
まさにランチタイムでお腹が空いているので、テーブルの料理の香りはたまらない。ここはありがたく「いただきます」で、チキンの串焼きをいただく。私はモーブ色のドレスが汚れないように注意しながら、串焼きにかぶりついた。
「! 美味しいです……! この焼き具合と、肉の柔らかさ、何よりタレが絶品……!」
思わず私が声をあげると、ロバーツが嬉しそうに応じる。
「だろう? ここの居酒屋のおやじ、実は某国で宮廷料理人をしていた。だが皇帝と喧嘩して、亡命してこの国にやってきたんだ。本来はこんな場所で料理を作っている人間ではない。知る人ぞ知るのグルメ店なんだよ」
美味しさの秘密が分かると、さらに食べる手が止まらなくなる。ミートパイにグラタンと、次々と平らげてしまう。
しばし食べることに集中してしまったが、それはアレスも同じ。「こんな場所でこんな料理をいただけるとは……」と感動している。一方のロバーツも夢中で食べていると思ったら……。
「それで成分調査の結果から報告すると、使われていた毒は硫酸銅だ。致死量は成人でも数グラムだ。初期症状で口の中や食道に熱さを感じ、嘔吐を覚える。二時間も経つと腹痛と下痢に嘔吐症状だ。そこから先はまさに地獄だな。意識が低下し、けいれんも始まる。その後は臓器系にダメージが出て、ショック死となるそうだ」
「硫酸銅……」と呟いたアレスはそのまま考え込むと思ったら、違う。
「農薬ですか」
「さすが公爵。正解です。殺菌剤として使われ、ブドウやリンゴなどの果樹の病気予防、じゃがいもやトマトの疫病対策にも使われている」
「ということは毒自体は入手しやすいものが使われていたのですね」
「まさにその通りです。薬屋で入手可能なものですよ」
これを聞いたアレスは納得し、犯人について確信を得ることができたようだ。
「しかし硫酸銅であれば、摂取時に違和感を覚えそうですよね」
私の問いにロバーツが「そこなんですよ!」と応じる。
「通常の紅茶にはあり得ない味と口当たりを知覚することになる。だが初めて飲むサファイアティーだったら? しかもサファイアティーは貴族令嬢の間で人気の高級品と言われている。違和感を覚えても、そういうものかと納得してしまう」
そう、そうなのだ。
今回の毒殺事件、鍵はここにあった。
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