碧色は死を招く色(2)
「「ライズ隊長、ありがとうございました」」
パン屋の娘セシリアの家を出ると、アレスと私は、王都警備隊の第一方面隊長ライズに頭を下げる。するとライズ隊長は慌てた様子で口を開く。
「お二人とも、顔を上げてください! 検視報告書や調書をお見せ出来たら、ここまで足を運ぶ必要もなかったのに……。わざわざご足労いただくことになりました」
「いえ、それこそライズ隊長が気にされることではありません。今回のパン屋の娘毒殺事件を管轄するのは、王都警備隊第三方面なのです。そもそもライズ隊長に事件について知りたいと相談するのは……お門違いだったのですから」
アレスの言葉を聞いたライズ隊長は悔しそうに話し出す。
「……それは……そうなのですが……。でもコルディア公爵の商会は捜査に協力しているんですよね? サファイアティーの倉庫を捜索させたり、サファイアティーを所持している可能性のある人物のリストを渡したり。それなのに商会主であるコルディア公爵が、事件について詳しく知りたいと王都警備隊の本部まで足を運んでいるのに。『こちらから呼び出したわけでもない。話を聞きたいとも頼んでいないのです。必要があればご連絡します。それに捜査資料や証拠は関係者以外にお見せすることはできません……』なんて対応、あり得ないですよ!」
第三方面の隊長ランドルフからけんもほろろにされ、そこで偶然、通りかかったライズ隊長がとりなしてくれようとしたが……。
――『我々王都警備隊は中立な立場でなければなりません。いくら相手が公爵でも、そこは同じです。捜査資料や証拠は関係者以外にお見せできません。お帰り下さい!』
そうバッサリ第三方面の隊長ランドルフに言われてしまう。ここでアレスであれば、王都警備隊のトップである本隊長に直談判もできた。でもそうなれば権力を笠に着ると悪い噂が立ちかねない。そこで事を荒立てることなく、引き下がることにしたのだけど……。ライズ隊長は亡くなったパン屋の娘の生家に行くことを提案してくれたのだ。
そして生家を訪問すると、両親や兄弟は葬儀の手続きで教会へ行っており留守で、対応してくれたのはセシリアの祖父だった。彼は以前、パン屋で職人をしていた。しかし馬車の事故で足を怪我してからは、ほとんど外出せず、家で留守番をしているのだという。
「セシリアは明るく笑顔がとっても素敵な子でした。毒殺されるほど誰かに恨まれるなんて……。今も信じられません。それでもパン屋を手伝っていたのです。沢山のお客さんとは接しますから、そこで何らかの恨みを買うことになってしまったのか……」
セシリアの祖父は体つきはがっちりしており、髪も焦げ茶色で白髪は少ない。足の怪我さえなければ、現役でパン職人をしていただろう。そして孫娘の死を悲しみ、わざわざアレスが来てくれたことに感動していた。持参した花束も喜んで受け取り、そしてセシリアの部屋も見せてくれたのだ。
その部屋には、クローゼットやベッド、文机、棚、などが置かれている。きちんと整理整頓され、シンプルながら居心地の良さそうな空間にまとまっていた。
「刺繍、レース編み、毛糸……この辺りは内職でもしていたのでしょうか」
アレスが棚に並べられた糸や布を見て私に尋ねる。
「そうだと思います。手紙などあれば、交友関係が分かりますが……」
「きっとここにあったのでしょうね。でもこれは王都警備隊の方で証拠として持ち帰ったようですね」
レタートレーの中は空っぽだった。
その後もいろいろと見て見るが、王都警備隊が既に踏み込んだ後。これといった目ぼしいものは見つけられず、退出することになる。そこで最後の一応の確認で、玄関まで見送るセシリアの祖父にアレスが尋ねる。
「サファイアティーの入っていた缶、ティーカップやティーポットなどは……」
「ああ、それはすべて王都警備隊が証拠として持ち帰りました。ティーポットなんていくつもないですからね。新しい物が必要ですが、葬儀の準備やら何やらで時間がなく……ここ数日は紅茶も飲めなくなりました」
「そうでしたか。わたしの商会では陶磁器も扱っていますから、すぐにティーセット一式を贈らせましょう」
これにはセシリアの祖父はビックリし、でもとても喜んでいる。
「ちなみに茶葉が入っていた缶は紙袋や箱に入っていましたか?」
「……さあ、それは……どうじゃろう?」
そこでセシリアの祖父がゴミ箱の蓋を開けた。
アレスはそこを覗き込み、ハッとした表情になる。
「これは……」
そこでアレスは紺碧色の瞳をきゅっと細める。
「……犯人像が見えてきた気がします」
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