侍女の悩み事(3)
マッセ氏と私の婚約は、現時点ではマッセ氏が貴族ではないので、国王陛下の許可は不要です。よって双方の両親主導でとんとん拍子で進んで行きます。家族も友人もみんな、「おめでとう!」「未来の男爵夫人が誕生だ!」「男前を掴まえたな!」と大騒ぎです。
将来の男爵と婚約した私は幸せ者……そう誰もが考えているようなのですが……。
マッセ氏は……確かに見た目はハンサムで、私の両親や兄弟にも気遣いができ、家族の信用をすぐに得ることになりました。でも私と二人で過ごす時、豹変するのです。
「君はなまじ侍女なんてやっているから、生意気なんですよ。そういう女性はこうしないと、理解できないでしょう?」
そう言ってマッセ氏は、“躾”と称して暴力を振るうのです。
ここからは地獄の日々でした。両親や兄弟にマッセ氏の暴力について訴えるのですが……。
「ハンナ。それはお前が悪いんだ。余計なことをお前が言わず、マッセ氏に従えばよかったのに、変に口が立つから……。お前は賢いところがあるが、女なんて愛嬌があればいいんだ。『はい、はい、マッセ様』と言っていれば、何も問題は起きない。余計なことを言わない、しないで解決だ」
父親はマッセ氏に非はなしと指摘し、母親も……。
「マッセ氏が肩代わりしてくれたから、我が家の借金はゼロになったのよ。だからこうやって、広い家へ引っ越すこともできたじゃない。あなたの結婚準備金も、男爵夫人に相応しいものを揃えられるようにって、屋敷が一つ手に入るようなお金を用意してくれたのよ。それにその痣。あなたが自分で何かにぶつけたんじゃないの? 子どもの頃からあなたはそうやって、体のあちこちに怪我を作っていたのよ。マッセ氏は本気であなたを殴っていたら、骨折しているし、生きていないわよ」
そして兄弟たちの中には、まだ幼い子もいる。とてもマッセ氏の暴力について話せないので……。
「マッセ氏が今度、貴族の舞踏会に連れて行ってくれるって!」
「私はドレスを買ってくれると言われたわ!」
「俺はテールコートを仕立ててくれるって!」
すっかりマッセ氏に懐いています。彼の恐ろしい暴力について、両親は信じず、兄弟は知らず。そして友人に話すことは……さすがにできません。体のあちこちに痣が増え、私には絶望しかなかったのですが……。
「ハンナ。君は悪くない。でも僕はあの老害のせいで怒りが収まらないのです。やがて妻になる君は夫の怒りを鎮める役割があります。分かっていますよね?」
そう言って来客が帰り、私と応接室で二人きりになると、マッセ氏はズボンのベルト外します。革製のその高いベルトを使い、マッセ氏は……。
使用人を遠ざけ、この二人きりの部屋で悪夢の時間が始まるのです。
これから起きることを察知した私は青ざめ、心が瞬時に凍り付き、身動きができなります。するとマッセ氏は「ぐずぐずするな、ハンナ!」と怒鳴り、手を振り上げました。私は目を閉じ、歯を食いしばり、血の味を思い出し、頬を打たれる覚悟したのですが……。
扉がバンッと開き、見知らぬ男性の声が聞こえます。
「王都警備隊、第一方面隊長のライズです! 女性へ暴力を振るう男性がいると通報を受けました!」
◇◇◇
マッセ氏の呪縛から解き放ってくれたのは、ティナお嬢様でした。
私が悪魔のようなマッセ氏と過ごしていた頃、ティナお嬢様はお嬢様で、それはもう驚きの時間を過ごされていたのです。まるで巷で人気のミステリー小説のような出来事を経て、マルティウス伯爵家には平和が戻ってきていました。そしてアマリア様により解雇された使用人は呼び戻され、私も再びティナお嬢様に仕えることになったのです!
マルティウス伯爵は独身に戻りましたが、寂しそうかと言うと……そんなことはありません!
ティナお嬢様がコルディア公爵と婚約となり、二人の仲の良い姿を眺めたマルティウス伯爵は……。
「ロゼ、聞いて欲しい。ティナが遂に最愛の相手と出会えた。二人は相思相愛で、性格や気質も似ている。しかも二人とも美男美女で実にお似合いだ。……僕は一時、魔女に騙され、危うく道を踏み外すところだった。でもティナとあの子の婚約者になったコルディア公爵により、魔女の呪いから解き放たれた。これからはティナと彼の幸せを見守る。……ロゼ、君と再会できるのは……まだまだ先になりそうだ。こうなったらちゃんと、君の分まで孫にも愛情を注ぎたいからね。まあ、よぼよぼのお爺さんになってから会いに行くことになるが……待っていて欲しい、その日まで」
お屋敷のエントランスホールから、アマリア様は亡くなった元伯爵夫人であるロゼ様の肖像画を、全部片づけてしまいました。でもアマリア様が去り、エントランスホールにはロゼ様の肖像画が戻ったのです。マルティウス伯爵は一人、そのロゼ様の肖像画に、ティナお嬢様の幸せを報告されていました。
こんなふうに、マルティウス伯爵家には平和が戻った。
そう思っていたのですが……。
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