侍女の悩み事(2)
あれはまさに青天の霹靂でした。
突然、アマリア様に呼ばれ、告げられたこと。
それは私の結婚相手を見つけた、だからティナお嬢様の侍女を辞めて家へ帰りなさいというものです。しかも私が仕事をしている間に、勝手に部屋へ入り、荷造りまで終わっていると言われてしまいました。
「ちょっとお待ちください。その、結婚相手の件はありがたいです。ですがあまりにも急で……」
「そうよね。急なお話でびっくりしちゃうわよね。私も伝えたのよ。あまりにも突然過ぎるって。でもね、引く手あまたなのよ、あなたと違って、お相手の令息は。チャンスをすぐに掴まないと逃してしまうものよ」
アマリア様の言わんとすることは分かります。男爵位を授けられるような平民ともなれば、彼と同じような裕福な平民が目をつけるでしょう。下位貴族と呼ばれる爵位の低い貴族も興味を持つと思います。
それでも……。
「私はティナお嬢様の侍女です。お嬢様にご挨拶をせずに家へ戻るなんて……。それに旦那様に……マルティウス伯爵にもご挨拶をしないと」「安心してちょうだい」
アマリア様は私の言葉をさえぎり、聖母のような笑みを浮かべます。
「屋敷を去る時のいろいろと煩わしいこと。それはこの女主である私が、あなたに代わって対処しておくから、安心していいわ」
「え、でも……」
「すでに馬車を手配しています。その馬車にトランクなどの荷物も積み終えています」
シャロンの言葉にはさすがにギョッとしてしまいます。部屋に入り荷造りされていただけではなく、さらに馬車に荷物を積み込んでいるなんて……。
でもどうにもなりません。アマリア様はこうと決めたら考えを曲げない方です。そしてこのお屋敷で、家を空けることの多い旦那様に代わり、実権を握られているのがアマリア様。これまで何人もの仲間が、気づいたらお屋敷を去っています。
どこかで明日は我が身という気持ちはありました。ですが私はティナお嬢様に仕えているのです。
(いくらなんでも私は……大丈夫よね)
そういう慢心があったのは事実。さらにアマリア様は、一見情の深い方に思えますが、実際は……。とてもドライです。ご自身の損得で人の取捨選択を行います。
(でも私はなぜ……アマリア様と関わることはあまりなかったのに)
「もう身一つで帰っていただくことができます。……エントランスまでは私がお見送りさせていただきます」
「ハンナ、これまでありがとうね。退職金はあなたのこれまでの頑張りの分を上乗せしておくわ」
シャロンとアマリア様による最後の追い込みを経て、私は……気付くと馬車に乗り込んでいました。
(ティナお嬢様だけではなく、旦那様にも……。執事長やメイド長、同僚にも挨拶できずに去るなんて……)
「やっぱり戻ります!」と御者に言いたくなるのを堪えます。引き返したところで、何を戻って来たのかと追い出される……もしくは敷地へ入れてくれない可能性が高いと思ったからです。
(ティナお嬢様に会うことは……難しいでしょう。こうなったら……手紙を書けば……)
そう思いついたのですが、私が思いつくぐらいなのです。アマリア様が思いつかないはずがありません。手紙は……マルティウス伯爵家には届くでしょう。でもそこまでの気がするのです。
(ティナお嬢様には届かない……)
さよならの挨拶をする余地すらなかったのは、私に縁談話を与え、体よくお払い箱にしている――そのことがティナお嬢様にバレたくないと、アマリア様が考えたから。そんなふうに思えてきます。
(でもなぜなのかしら……?)
理由が分からないだけに、ティナお嬢様の身に何か起きないか。心配にもなります。ですがそんなふうにティナお嬢様を気遣えるのはそこまででした。
ティナお嬢様に仕えていた私は、マルティウス伯爵家の屋敷に部屋を与えられていたのです。よって両親や兄弟姉妹に会うのは、バカンスシーズンやホリデーシーズンに合わせ、まとまったお休みをいただいた時と決まっていました。そのお休みを使い、家へ帰っていたのです。
住み込みで働いている間、家族との連絡は手紙で稀にするぐらいでした。よって便りがないのは元気な証拠ということで、お土産を手に家へ戻ると、家族が全員揃う食事の席が近況報告の場になります。
ですが今回、サプライズも同様で家へ戻ったのに、私が馬車から降りると両親が迎えに出てくれたのです。
「ハンナ、お帰り! 聞いたよ、新しいマルティウス伯爵夫人、彼女はいい人だ。ハンナに縁談話を用意したと知らせが来たんだよ。しかも相手はあのマッセ氏だ! 彼は銀行家として成功しているし、近々男爵になると、街中で噂になっている。しかも見た目もかなりハンサム。そしてマルティウス伯爵夫人の紹介なら、ぜひハンナに会いたいと、マッセ氏も乗り気だそうだ。よかったな、ハンナ。これでお前は貴族の仲間入りだぞ!」
父親はそう興奮気味に言っていましたし、母親や妹や弟も大喜び。しかもマッセ氏は早速、花束を手に我が家を訪ねてくれて……。
この時の私はまだ気づいていませんでした。
マッセ氏は外面はいいのですが、その本性は……とんでもない暴力的な男であることに。






















































