侍女の悩み事(1)
マルティウス伯爵家にお仕えするようになって、そしてティナお嬢様の侍女になってからの日々。
それはまさに波乱万丈です。
貴族の令嬢、しかも伯爵家の上位クラスの令嬢ともなると、”深窓の令嬢”と評されることがしばしあります。ティナお嬢様も本来は伯爵家の深窓の令嬢として、デビュタントを迎えるその日まで、お屋敷深くで蝶よ花よと大切に大切に育てられていたとしても、おかしくないのですが……。
「ハンナ。お願い。私、どうしても心配なの。お父様は商会経営で成功しているけど、ライバルもとても多い。執事長に聞いたの。ライバル関係にある商会が雇った暴漢に、お父様は昔、襲われそうになったこともあるって。私、お父様を守りたいの。大切な肉親をもう失いたくないから! そのため、お父様に悪いことをしない人がいないか、人を雇って調べてもらおうと思っているのよ」
ティナお嬢様は突然、そんなことを言い出すのです。しかも目星をつけた怪しい人物と会うつもりだけど、そのことはマルティウス伯爵様には黙って欲しいと言い出したり……。
この時はティナお嬢様の必死さに胸が打たれ「分かりました」と応じてしまいました。ですがティナお嬢様が行った場所は、なんとマルティウス伯爵とはライバル関係にあるパウエル男爵が経営するカフェだったのです!
(よもや敵の本拠地にティナお嬢様が乗り込むなんて……!)
ここ最近のティナお嬢様の行動力は、並みの令嬢のものではありません。私はただただ侍女として、ティナお嬢様の邪魔をしないよう、見守ることに徹していたのですが……。
「ハンナ。あんたのこと奥様、呼んでる」
最近、伯爵邸では、異国の使用人が増えています。マルティウス伯爵が遂に後妻を迎え、新たな伯爵夫人となったアマリア様は、異国の人材を使用人として雇用するようになったからです。この件についてメイド長はこんなふうに言っています。
「アマリア様によると、貿易業を家業にしているなら、人種にこだわる必要はないと。有能な人間は、国を問わず、採用するべきだって。それは一理あるわよ。でも言葉が通じないのは……。水が必要なのになぜか熱湯が出て来たりで、大変だわ。使用人として雇う前に、ある程度、言葉ができるような教育を受けさせてあげるのが、先なんじゃないのかしらねぇ」
メイド長が言うことは尤もでした。今も私に声をかけた、海を渡った遠い島国出身のグルゼは言葉が片言。しかも本人は言葉ができないことを恥じており、常に何でも分かったふりをするので、失敗も多いのです。その失敗の尻ぬぐいは、侍女の私もしたことがあるぐらいだったのですが……。
今回はアマリア様に呼ばれていることを伝えてくれました。文法ができていないので、ぶっきらぼうな物言いになっていますが、意味は通じています。お客様相手ではないので、それでも今はいいでしょう。でもグルゼはアマリア様の小間使いのように動き、たまに彼女を訪ねてやって来る商人の対応もしているのです。その際の会話は、聞いていていつもヒヤヒヤです。
ヒヤヒヤはしますが、アマリア様は自身がこうと決めたことを変えるような性格ではありません。特に下々の者の意見に耳を傾けることなんて、ないのです。それでも古参の使用人の中には、アマリア様に物申した者もいます。マルティウス伯爵もいる前で意見した者もいました。そういう時、アマリア様は「まあ、ごめんなさいね。私、伯爵夫人としてはまだまだ未熟だわ。教えてくださり、ありがとう。明日から提案してくれたものに変えるわね」と、実に従順に応じます。
でも……。
後日、アマリア様に意見をした使用人は屋敷から姿を消すのです。その理由は「本人の体の不調」「身内での不幸」「本人が退職を希望した」などではあるのですが……。真相は不明のままです。何せ全て事後で知ることになるため、本人に確認のしようがない。気付いたら、誰それがいない、となり、確認すると「もう屋敷を去った」なのです。
「アマリア様、グルゼです。ハンナ、連れて来ました」
アマリア様の部屋に私を案内したグルゼが片言で来訪を伝えると、すぐに扉が開きます。開いた扉から顔を覗かせているのは、アマリア様の腹心と言われているシャロンです。アマリア様の侍女であり、彼女がこの伯爵邸に連れてきた、たった一人の使用人でもあります。
「ハンナはこちらへ。グルゼ、ご苦労です。仕事に戻っていいとアマリア様が言っています」
「分かりました、シャロン様」
グルゼが去り、私はアマリア様の部屋に入りました。前室のソファで寛ぐアマリア様は、にこやかな笑顔で私を迎えます。
「ハンナ。あなた、ティナの侍女としていつも頑張ってくれてありがとうね」
アマリア様はそう言いながら、私にソファへ座ることを勧めました。
「いえ、私は仕事中ですから……」
「仕事……もう仕事中ではなくなったのよ、ハンナ」
「え、それは……」
「あなたにぴったりの結婚相手を見つけたのよ。私の知り合いの銀行家の令息よ。彼ね、とても優秀で、近いうちに男爵位を授かるわ。そうなったらあなたも男爵夫人。よかったわね、ハンナ。おめでとう。既に荷物はあなたが部屋にいない間にシャロンがまとめてくれているから、今すぐ、家へ帰りなさい」
お読みいただき、ありがとうございます!
【事件簿】シリーズの開幕です。
ストックなしですが、書けたら更新優先にします。
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作者の目は節穴凹
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