78:終わり
気付いたら、断罪から始まる悪女の回帰物語『悪女は絶対に許さない』の世界に転生していた。スマホで読み始めたばかりの物語で、私が転生したのは、冒頭で父親殺しの罪で処刑されるティナ・ラニア・マルティウスだった。
しかしティナは父親を毒殺していない。何者かに嵌められていた。処刑後、回帰したティナは真犯人を突き止めるのだろうが……私は物語を最後まで読んでいない。つまり真犯人が誰なのか分からなかった。
そこはもう最悪だったが、転生していると覚醒したのは、処刑される一年前。ならばここは自力で真犯人を見つけ出すしかない。そう思い動いた結果。
父親を毒殺しそうな人物を、王都から追いやることに成功した。
これでティナは毒殺犯にならないで済む。父親も生きることができる。そう思っていたら……。
(真犯人は私の想定とは違い、別にいたのだ!)
結局、毒殺犯に仕立てられそうになったが、私はただのティナではない。私には前世の記憶があり、真犯人の本性に気付いた人たちも沢山いた。それがコルディア公爵であり、父親であり、ロバーツであり。トムやヘッドバトラーら古参の使用人たちも気付いていたのだ。
私が前世で読んだのは物語の冒頭のみだったが、真犯人が他にいると分かっていたから、ロバーツを訪ね、動くことが出来た。前世で両親がいて愛情を感じ、育ったから、コルディア公爵に無償の愛について話せたのだ。エンディングを知らない転生だったが、前世の私らしさと、この世界のみんなのおかげで、私は毒殺犯にならずに済んだ。父親だって生きている。
そして私は理解した。スマホで読んだ物語の冒頭で、コルディア公爵がティナを睨んでいた理由を。
あれは父親を毒殺した私を、強く軽蔑する眼差しだったのだ。私の父親の商才を認めていたこともあると思うが、それ以上に。自身が父親を毒殺されているのだ。まさにその時の記憶を彷彿とさせる父親殺しの毒殺犯であるティナに対しては……強い嫌悪感があったのだろう。それが物語の冒頭でのコルディア公爵の眼差しだったと思う。
さらに私の前世記憶が突然覚醒した理由。それについても理解した。
ティナの運命に大きく関わるアマリアとヴィオレット。二人と出会うのが十五歳だった。この二人の本性に気付き、動くことが出来れば、ティナは処刑されない。父親だって毒殺されずに済む。
きっと幸運のツバメが、天国にいる産みの親であるロゼが、私に前世記憶を思い出させたのではないか。そんな風に私は考えるようになった。
最終的に私は濡れ衣を着せられることなく、この世界で断罪されることはない。『悪女は絶対に許さない』の物語でも、きっとラストで罰せられたであろう三人が、罪に問われた。そう、アマリアとヴィオレット、そしてシャロンの三人だ。
アマリアの絞首刑と、ヴィオレットとシャロンの終身刑。
当然の結果だと思う。自分たちの欲のために、三人は身を滅ぼしたのだ。これは自業自得。同情の余地はない。
「ティナ。お待たせしました。間もなく演奏が始まります。ホールへ向かいましょう」
アイスブルーのフロックコートを着たコルディア公爵……アレスが王宮の手前の中庭にいた私を迎えに来てくれた。婚約を経て、私は彼をファーストネームのアレスと呼ぶようになっている。
「さあ、こちらへ」
アレスのアイスブルーの髪は陽光を受け、煌めいている。紺碧色の瞳は昼間の空の下、透明感があり、宝石のようだった。
エスコートされた私は、初めて入ることになる王宮へ向け、歩き出す。
王宮は王族の居住空間。足を踏み入れることが許されている者は限られている。だが今日、その王宮にある、王族のための小ホールに、私はアレスの婚約者として招待されていた。
なぜなら今日、その小ホールではバロン・ヤン・ヘルトケヴが、王族のためだけに指揮を振るうことになっているのだ。つまりは王族ためだけの演奏会に、アレスと私は特別に招かれていた。それはあの逮捕劇で、私たちがヘルトケヴの演奏を聴くことが出来なかったと知った国王陛下が、わざわざ招待してくれたからだ。
アレスが当主を務めるコルディア公爵家のルーツは王族にある。由緒正しい王家につながる家柄。そのうえでアレスは商才に溢れ、国王陛下からの信頼も厚い。だからこそ国王陛下はあの一芝居に非公式に噛んでくれた。逮捕劇がひと段落した後、この貴重な公演にも招待してくれたのだ。
「ティナ。今日のこの公演以降は忙しい日が続きますよ。覚悟はできていますか?」
アレスとお揃いの色のローブ・モンタントを着ている私に、彼は美しい笑顔と共に尋ねる。
「はい。大丈夫です。一か月後の婚約式の準備。婚約式の後に行われるサファイアティーのイベント。どちらもしっかり役目を果たします!」
私の返事にアレスは紺碧色の瞳を煌めかせる。
「未来の公爵夫人が広告塔になってくれるので、サファイアティーは、予約分が既に完売です。後は当日分をどれだけ手配できるか。ティナが広告塔になってくれて良かったです」
そう。アレスは私がマルティウス伯爵令嬢としてではなく、未来のコルディア公爵夫人に、コルディア公爵の婚約者として、広告塔になることを望んでいたのだ。
公爵夫人は社交界で、話題の中心人物となる。未来の公爵夫人が推す商品は、自然と次の流行につながる。さらにアレスは誰と婚約するのかと、以前より関心を集めていた。その婚約者が広告塔を務めるとなれば、サファイアティーが注目されるのは、当然だった。しかもアレスは「碧色は幸運を招く色。この紅茶を飲んだあなたにも、幸運が舞い込むかもしれない――」なんてキャッチコピーをつけるから……。
まさに私はこの世界でシンデレラだった。恐ろしい継母たちに追い詰められてしまうが、その窮地から救い出し、長年の憂いを晴らしたのは……コルディア公爵! 彼はまさに王子様だろう。私のようなシンデレラガールになりたい――そう願う令嬢は沢山いる。彼女たちから火が付き、サファイアティーは口コミで瞬く間に広がり、予約完売につながったのだ。
「サファイアティーは軌道に乗ったら、ティナに任せます」
「ありがとうございます! でも商会経営は初めてです。上手くできるでしょうか?」
「問題ないですよ。まずティナにはわたしがついています。任せますが、サポートは勿論しますから。それにマルティウス伯爵とあのレッド侯爵夫人もティナに協力すると言っているのです。これでどうやったら失敗できるのか。逆にそれを知りたいぐらいです」
これには「確かに!」と笑ってしまう。
「それにいざとなったら、あのロバーツも、それに国王陛下も支援すると言ってくれているのです。大丈夫ですよ」
本当に。私には心強い仲間が沢山いる。
(こうなったら確かに成功の未来しか想像できないわね!)
「商会経営については何も心配はいりません。それにどちらかというとわたしは、もっとプライベートな時間を大切にしたいです」
「!」
「十年以上我慢していたのです。ティナと過ごせなかった十年を取り戻すため。一分一秒を大切にしたいと思っています」
そう言うとアレスは大きな柱の影で私を抱き寄せ、頬へと優しくキスをする。
「十年も待ったのに。頬へのキスだけでは足りないです……」
クールなイメージはどこへやら!? 甘々公爵のアレスに私の心臓はバクバクしていたが……。
「ティナ! コルディア公爵!」
今回の演奏会。特別に私の父親と、なんとトムも招待されているのだ。二人ともきちんとフロックコートを着て、こちらへとやって来た。
「ティナ。その明るいドレス、ティナによく似合っているよ! 婚約してから美しさに磨きがかかったな!」
トムに褒められ、私は笑顔で「ありがとうございます、トム叔父様!」と応じることになる。
「では中へ入りましょうか」
アレスの合図で、ドアマンが扉を開けてくれる。明るい陽射しに満ちたホールへと、みんなで進んで行った。
~本編おしまい⇒番外編に続く~
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。本編は今回で一区切りとなりますが、番外編を執筆し、少しずつ公開予定です。更新をブックマーク登録でお待ちいただけると幸いです~
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