77:考えるまでもない
「このリボンにより、その後は多くの幸運に恵まれました。勉強は大変です。それでもきちんといろいろ覚えることができ、乗馬も剣術も。ちゃんと身に着けました。商会経営や領地運営に必要な知識も学び……こうやって公爵家の当主になれたのです。……すべてティナ嬢のおかげです」
コルディア公爵の真摯な言葉に胸を打たれながら答える。
「本当に忘れていてごめんなさい。ただ、コルディア公爵が当主としてきちんと立つことできたのは、ご自身の努力の結果です。そのリボンはお守り程度かと」
すると彼は首を大きく振り、煌めくような紺碧色の瞳で私を見た。
「そんなことはありません。このリボンが心の拠り所となったのは、言うまでもありません。ですが最初のきっかけをくださったのは、ティナ嬢です。あの日、街をあてどなく彷徨っていたわたしに、強く生きろとメッセージをくださった。それがなければ……今の自分はなかったでしょう」
そこでコルディア公爵が席を立ち、サファイアブルーのマントをはためかせたと思ったら、片膝をついた。そのまま跪くと、私の手をとる。
「犯人逮捕のための一芝居で、マルティウス伯爵は、ティナ嬢をわたしの婚約者に推薦する……となっていました。これを芝居で終わらせるつもりはありません」
「!」
「先程お渡しした公爵家の封蝋のついた書簡。あれは求婚状です」
これには心臓が盛大にドクンと反応している。
「改めて伝えます。わたし、アレス・ウル・コルディアは、ティナ・ラニア・マルティウスのことを心から愛しています」
そう言うとそのまま私の手の甲に口づける。
「幼い頃にティナ嬢に出会い、わたしの人生は変わりました。もし出会うことがなかったら……自分が今、どんな人生を送っていたのか。想像できません。こうして再会できただけではありません。積年の憂いを晴らす機会にも恵まれました。これからは愛する人と幸せに生きて行きたいと思っています。……急なことで、答えるのが難しかったら、じっくり考えていただいて構いません。でも……どうかわたしの初恋、実って欲しいと思っています」
紺碧色の瞳はキラキラと輝き、やはり宇宙を見ている気持ちになる。吸い込まれそうなその瞳を見て思う。
(この瞳に私だけを映して欲しい……!)
父親の毒殺犯かもしれないと疑い、その確認のため、コルディア公爵に近づいた。噂ではクールなタイプと聞いていたので、どこか戦々恐々だった。だが実際に会うと、彼はとても話しやすく、その感性に魅了された。話をしていて楽しいと思ったし、お茶に誘ってもらえたことが嬉しくてならなかった。
毎週の楽しみが増え、彼との会話に満たされていたのだ。
考えるまでもない。気持ちは既に決まっている。私は……コルディア公爵のことが好きになっていた。
だからこそ、一芝居打つために婚約者候補になった時は。
嬉しい気持ちとそれがお芝居であることを悲しいと思ったのだ。
さらに彼が想う令嬢がいると聞いて、心から喜べなかった。
それはそうだろう。
自分が好きな相手に、想い人がいたら、切なくもなる。
つまり私はコルディア公爵のことが好きなのだ。
だからこそ、彼のことで一喜一憂した。
「……考えるまでもありません。コルディア公爵、あなたの初恋は実ります」
私の答えに、彼は一瞬キョトンとする。
でもすぐにその意図を理解し、透明感のある肌を赤く染め、紺碧色の瞳は喜びで輝く。
「つまりティナ嬢は」
「アレス・ウル・コルディア公爵のことを、お慕いしています。あなたのことが大好きです」
「……! ティナ嬢、ありがとうございます」
立ち上がったコルディア公爵が、もう我慢できないとばかりに私に抱きついた。
お読みいただき、ありがとうございます!






















































