76:彼は頬をポッと赤く染めた
念願叶い、再会できたと言われては、「そうだったのですね……!」と言うしかない。
名前を名乗らずに別れ、十年以上が過ぎている。もう再会は叶わないと諦めて当然だった。
でもコルディア公爵は忘れられずにいた。
彼にとって、幼い頃に会った令嬢は、恩人みたいなものだろう。彷徨っていた彼に喝をいれつつ、希望を与えたのだ。そんな忘れられない令嬢と再会できた。
これまでの会話の様子だと、再会した当初、相手が初恋の思い出の令嬢だと気付かなかったのだろう。だが彼女だと分かった瞬間。当然、気持ちは高まる。
令嬢の方とて驚きだろう。ストリートチルドレンと思っていた少年が、まさかの公爵となり、自分の前に現れたのだから……。そこでプロポーズされたら、婚約者がいなければ即答だろう。
「おめでとうございます。コルディア公爵の日頃の行いが実を結んだのですよ」
「ありがとうございます。とても嬉しく思っています」
「……でもよく分かりましたね。コルディア公爵が六歳の時に出会い、相手は年下。面影がないぐらい美しく成長している可能性もあったのに」
ふと思った疑問を口にすると、彼は頬をポッと赤く染めた。
「とても……とても美しく成長していました。よってあの時の幼い令嬢とは分かりませんでした。……彼女はブロンドに碧眼で、この国ではよく見かける髪と瞳の色。もっと特徴的であれば、一目でピンときたかもしれないのですが……。ただ会ってすぐに、どこか抜けたところがあり、とても可愛らしく感じました。一緒にいて和むというか……。自分からもっと話したいと思えた令嬢は……彼女が初めてでした」
「そうでしたか。……きっと波長が合うんですよ。どこか似た者同士というか、思考や価値観に共通点があるのでしょうね。そういう二人は喧嘩になりにくく、お互い分かり合えると思います。間違いなく、長続きします。……運命のお相手ですね」
「ええ。彼女もそう思ってくれているといいのですが」
笑顔で「本当によかったですね」と伝えるべきなのに。頬が引きつりそうになる。
コルディア公爵は苦労人なのだ。幼い頃に両親を失い、必死にここまで来た。その彼がようやく長年想い続けた令嬢に再会できたのだ。心から……祝福してあげないと罰が当たる。
「再会してフィーリングが合うとすぐに分かり、その後の会話で昔のことを話したのですか? つまり十年ほど前、街で会いましたよね?と尋ね、彼女であると分かったのです?」
「いえ。昔話はしていません。ですが彼女はわたしに十年前を思い出させるアドバイスをしてくれました。『誰かを好きになった時。本当に好きだったら。損得に関係なく、その人のために何かしたいと思えることでしょう。そこできっと母親から与えられるはずだった愛情を感じられると思います。なぜならそれもまた無償の愛であり、母親の愛情に通じるものだと思うからです』」
コルディア公爵が、思い出すように、ゆっくり紡ぐ言葉に「うん?」と思う。
(どこかで聞いたことがあるような?)
「『自分を愛してくれる人から与えられる無償の愛。これは逆もしかりです。ご自身もそんな愛情を捧げたいと思う相手に、きっと出会うはず。その相手と結ばれ、子宝にもし恵まれたら。感じることができると思います。子供に対しての深い愛情を。それこそが母親の愛情だと、親の子への深い愛だと理解できると思います』――そう彼女が言った時。確信しました。あの時の令嬢こそ、彼女であると」
そこに革張りのレタートレイを手にしたヘッドバトラーがやって来た。トレイに載せられているのは、書類や封筒ではない。水色のリボンだった。
「彼女はこのリボンを、包帯と一緒に結わいてくれました。水色は古来より魔除けにもなると言われていますよね。彼女は『これでもう悪いことは起きないわ。大丈夫。あなたは幸せになれるわよ』と。そして見てください。この端に美しい飾り文字で『T』が刺繍されています。彼女の名前はTで始まるんですよ」
「ちょっと……ちょっと待ってください。え、え、えええ!?」
思わず言葉を失う。
今の今まで忘れていたことを、心底申し訳なく思っている。でも十年以上前のことで、その後、二度と会うことはないと思っていた。
勿論、元気で頑張って――という気持ちをしばらく持っていたと思う。それでも子供の頃は毎日が冒険。いろいろと覚えることも多い。まさにその一件があった直後ぐらいから、マナーやら礼儀などのレッスンも始まって……。
「忘れて……忘れていたと言ったら、怒ります?」
「怒るわけがありません。ティナ嬢は父君と慈善活動にも参加されて、孤児院にも足を何度も運ばれていますよね? ストリートチルドレンとまでいかなくても、似たような境遇の少年や少女と沢山会っているはず。覚えていなくても仕方ないかと」
「本当にごめんなさい」
そこは言い訳などなく、深々と頭を下げた。するとコルディア公爵は「怒るつもりもないですから、頭を上げてください」と言ってくれる。
そこで改めてトレイの水色のリボンを手に取らせてもらう。
「……このリボンは間違いなく私が渡したものですね。このTの名前の頭文字は、亡くなったお母様が刺繍してくれたものです。大切なリボンでした。ですが公爵に幸せになって欲しくて、プレゼントしたんです」
じわじわとその時の記憶、感情がよみがえってきていた。コルディア公爵もリボンに触れ、感謝の眼差しで私を見る。
「そんなに大切なリボンを……本当にティナ嬢は、昔も今も変わらず、お優しいですね」
「そ、そんな……きっとコルディア公爵も、困っている方がいたら、同じように助けると思います」
「そうですね。そんなふうに行動できる人間になりたいです。私もティナ嬢のように優しい人間になりたいと思います」
そう言って太陽のように明るい笑顔になると、こんな言葉を続ける。
お読みいただき、ありがとうございます!






















































