75:大枠はそんな感じです
「その幼い令嬢は、わたしより年下だと思います。まだ少し、舌足らずなところもあるような令嬢です。それなのにこんな風にアドバイスをしてくれました。自身も母親を病気で亡くしており、肉親を失う悲しみはよく分かると。その悲しい気持ちを我慢する必要はなく、存分に悲しめばいい。でも無気力になってはダメだと言うのです」
その令嬢は「例え悲しくても、ちゃんとご飯を食べて、寝て起きる。そして何か一つでもいいから、目的を持つといい。それがいつしか生きるための原動力になるから」と、コルディア公爵にアドバイスしたのだと言う。
「それだけではありません。失ってしまった両親の愛情を恋しく思う気持ち。それもよく理解できると。ただ失ったものを求めても、どうにもならない。だからといって、諦める必要はないと言ってくれました」
幼い令嬢は「将来、相思相愛の相手ができたら、お互いに無条件で愛情を注ぐことができるはず。両親から受け取るはずだった無償の愛情。それは好きになった相手があなたに向ける愛情と同じだと思うわ。そこできっと、無償の愛を感じられる。そしてあなた自身も、相手に愛情を注ぎたくなるはずよ。大丈夫。あなたは一人じゃないわ。きっと運命の人に会って、幸せになれる。大人になったあなたは、無償の愛を与え、与えてもらえる人間になれるはずよ。だから諦めないで。自分の未来を信じて」と大人顔負けの理論を展開したと言う。
「そこからです。自分より年下の令嬢に励まされたわたしは、街を徘徊するのを止めました。言われた通り、ちゃんと食事をして、眠るようにしたんです。目標も作りました。立派な公爵家の当主になろうと、勉強に打ち込むようになったのです」
勉強熱心であるため、クールな公爵に見られてしまいがちだが、彼はもう一つの夢も忘れていなかった。
「一度は失ってしまった両親からの無償の愛。でも相手が自分の両親ではなくても、与えてもらえるチャンスがある。しかもその時は一方通行ではなく、与え、与えられる関係になれると。あの幼い令嬢が言っていたような相手に巡り会いたい、そう思っていましたが……。現実はなかなか厳しいです。わたしの身分に目がくらみ、近づいてくる令嬢が多かったので」
そこでコルディア公爵は一際美しい笑顔で私を見た。
「でも遂に出会えました。わたしが無償の愛を捧げたいと思い、そしてきっと同じように与えてくれる令嬢と」
「なるほど。それは……良かったですね」
言葉ではコルディア公爵を祝っているが、何だか心には風穴が出来ている。言い寄る令嬢を嫌い、どこか孤高であった彼に、私は安心していた。でもその公爵に無償の愛を与えたい相手ができてしまったこと。その事実に……少なからずショックを受けていた。
「わたしは幼い頃に会った令嬢と、もう一度会いたいと思っていました。ですが当時、わたしはみすぼらしい姿で彼女と会ってしまったので、自分の身分も名乗れませんでした。名乗っても信じてもらえない。さらに彼女自身も、わたしに名前や身分を示すものを渡すことはできません。なぜなら……」
コルディア公爵が寂しそうに視線を伏せる。その切なげ表情に心臓がドキッと反応してしまう。
(クールで知られる彼にこんな表情をさせるなんて……!)
「会話と傷の手当までは許されました。ですがストリートチルドレンとこれ以上関わるのはよくないと、従者と侍女に一線を引かれてしまったのです。名前を教え合うのは許さないと。でもそれは仕方ないことです。不用意に関わり、犯罪に巻き込まれたら大変です。その時の侍女と従者の判断、わたしは間違っているとは思えません。ただ……名前を知らず、その幼い令嬢と別れることになったのは……心残りです。どうしたってもう一度会いたいという気持ちは……残ってしまいました」
「それは……そうなるのは仕方ないかと」
そこで言葉を切り、私はきっとそうなのだろうと思いつつ、聞くことになった。
「コルディア公爵は、無償の愛を捧げたいと想い、同じようにご自身へ惜しみない愛情を与えてくれそうな令嬢と出会えたのですよね。でも公爵にとっての初恋は、幼い頃に出会った令嬢。本当はその令嬢と再会したいと思っている。でも当時、お互いの名を教え合うことなく別れてしまった。ゆえにもう二度とその令嬢とは会えない。再会できない令嬢が忘れられない中、運命の相手と出会ってしまった……ということでしょうか?」
「大枠はそんな感じです」
「初恋は実らないとは、よく言われることです。致し方ないと思います。初恋は思い出として、胸に大切にしまっておく。今は想いを寄せている令嬢に全力になるのが最善に思えますが……」
するとコルディア公爵がゆっくり首を振る。
「実らないかどうか。それはまだ分かりません」
「と、申しますと……?」
「再会できたのです。初恋のその令嬢に」
「えっ……!」
「わたしに生きる目的を見出すようアドバイスをして、いつか無償の愛を知ることが出来ると教えてくれた令嬢。その彼女と奇跡的に再会できました」
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