74:口実?
「まあ! ハイドランジアと同じ、青い色をしているのですね」
私が思わず笑顔で声をあげると、コルディア公爵も輝くような笑顔で応じる。
「はい。こちらはバタフライピーと言われる茶葉で、舶来品です。わたしの商会で取り扱いを始めようと思っています。サファイアティーと言う名の紅茶として。さらにこれでカクテルを作ることも考えています」
「バタフライピー! 知っています! レモン果汁を加えると、この青が紫に変化しますよね!」
私の言葉にコルディア公爵は瞳を大きく見開き「驚きました」と呟く。
「バタフライピーのことをご存知だったとは……。まだこの国では知られていない茶葉だと思っていました。さすがマルティウス伯爵のご令嬢ですね。もしや伯爵もバタフライピーに目をつけているのでしょうか? それならば一緒に販売を」「ち、違います!」
前世知識でうっかり知っていることを口に出してしまった!
「父親は知りません! 私は……私は……多分、幼い頃に父親の商会に所属する船乗りに聞いたのだと思います。でもその一度きりです。実物を見たのは初めてのこと。間違いなく、コルディア公爵が今回発売することで、この国で知られることになる茶葉です!」
慌てる私を見て、コルディア公爵はくすくすと笑っている。
「なるほど。この国に大々的に紹介するのはわたしの商会。でもティナ嬢は既にバタフライピーのことをご存知だった……そうなるとバタフライピーの第一人者はティナ嬢ですね」
「!? そんなことはないかと」
「そういう口実にさせてください」
これには「?」となる。
「実はこのバタフライピー……サファイアティーをお披露目するイベントを考えているんです。試飲を行い、販売を行う。その場にサファイアティーをイメージしたドレスを着たレディを登場させたいと思っていたんです。……第一人者であるティナ嬢にご協力いただきたいのですが」
「!?」
「今日、公爵邸へお招きしたのは、この件を頼むためです。協力いただける場合、売り上げの十パーセントを渡す契約を結ばせていただこうかと」
ニコニコしながらコルディア公爵がヘッドバトラーから書類を受け取り、私に渡すので、もうビックリ!
「わ、私は女優ではありません! 知名度は……今回の事件である程度はありますが……。それに毒殺犯に仕立てられそうになった伯爵令嬢だなんて……微妙過ぎませんか!? もっと適任者がいると思います!」
「聡明なティナ嬢のこと。そう言った反応を示す可能性は想定内です。よってこちらも用意してあります」
今度は公爵家の封蝋がついた封筒を、ヘッドバトラーからコルディア公爵が受け取った。
「こちらは正式な書簡として、マルティウス伯爵に渡していただけますか?」
「あ、はい……。えーと、今回の広告塔に私がなる件……父親も絡むわけですね?」
社交界デビューをしているとはいえ、未婚の身。そうなると父親が関係してきても当然かと思いつつ、尋ねてしまう。
「広告塔に就任いただく件は、ティナ嬢の判断を仰げればと思っています。広告塔の件にも微妙に関わる事柄については、マルティウス伯爵が要になりますね」
「それは……?」
さすがに話が見えないので、私は首を傾げることになる。
「しばらく昔話にお付き合いいただけますか?」
「え? あ、はい!」
するとコルディア公爵は落ち着いた様子でサファイアティーを一口飲み、口を開く。
「わたしは父親を失い、六歳で爵位を継ぐことになりました。当時のわたしは犯人の女を屋敷の中で目撃しています。実はそれがトラウマになっていたのです。一時、屋敷で過ごすことに恐怖を感じ、よく街をうろついていました。従者もつけず、一人でこっそりと。身なりをきちんとしていると、人さらいや誘拐に遭います。そこでわざとみすぼらしい姿で、街中をうろうろしていました。犯人の女への恐怖もありましたが、同時に、両親を恋しく思う気持ちにも襲われ……。行く当てもなく、虚ろな気持ちで彷徨っていたのです」
コルディア公爵は私にスイーツを勧め、自身は淡々と話を続けた。
「自分自身が負のオーラを放っていると、なんというか不幸を呼びせてしまうのでしょうか? その日、わたしは盗人に間違われ、野良犬に追いかけられて、踏んだり蹴ったりでした。わざわざみすぼらしい姿になるまでもなく、着ていた服は汚れ、破けている箇所もあります。その姿は貧民街にいるストリートチルドレンと変わらないものでした」
今の洗練された装いの彼からは想像ができない過去。
だが彼は六歳で父親を毒殺され、犯人であるアマリアと鉢合わせをしているのだ。その影に怯えても当然。さらに両親を想い、悲しくなり、恋しく思うのも自然なことだった。
「あの日、疲れ切ったわたしはもう屋敷へ戻ろうと重い足取りで歩き始めたんです。その時、目の前にフワリと水色のリボンが落ちてきました。少し離れた場所に侍女と一緒にいる幼い令嬢の髪から外れたものです。シルクの上質なリボンはほどけやすいですよね。拾上げ、侍女に声を掛けようとしたら、従者もいたようで、止められました」
その時のコルディア公爵はストリートチルドレンに見えるような装い。従者が止めたのも仕方なかった。物乞いをして、その隙に盗みを働くような者もいたからだ。
「手に持っていたリボンを見て、従者は『まさか盗んだのか』と言い出しました。わたしが『違います。髪からほどけ、落ちるのに気付き、拾っただけです』と正直に答えました。ですが従者は疑わしそうな目で僕を見たのです。やはり見た目がこれでは疑われても仕方ないと思ったその時。従者の背後から幼い令嬢が現れました」
その令嬢はコルディア公爵からリボンを受け取り、笑顔で「ありがとうございます」と伝えたと言う。
「さらに令嬢はわたしが怪我をしていることに気付き、侍女と従者に手当てをするように命じたのです。侍女が薬などを買いに行き、令嬢は広場のベンチに私と並んで座りました。従者はそばに控え、彼女がわたしを気に掛けることを警戒しています。でも幼い令嬢はそんなことを気にせず、侍女が戻るまでわたしと話をしてくれました。それはそこまで長い時間ではありません。ですが不思議とわたしはいろいろなことをその幼い令嬢に話していたのです」
さすがに父親が毒殺された件は話せない。そもそも病死と公表しているのだから。ゆえに両親を亡くし、心にぽっかり穴が開いたようで、寂しいこと。親からの愛情を感じられず、このまま一人で生きて行くことに絶望している。無気力になり、街をあてどなくウロウロしてしまっていることを、打ち明けたのだという。
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