73:茶飲み友だち?
もうアマリアの呪縛もない。私は自分が着たいドレスを選び、公爵邸へ向かうことにした。
屋敷には以前の使用人が続々戻り、DV男との婚約を解消したハンナも再び私についてくれている。
「ではお嬢様、今日はこちらのアイスブルーのドレスでよろしかったでしょうか?」
「ええ、それでいいわ、ハンナ。宝飾品はその銀細工のものにして。パールの飾りがついているものでお願い」
「承知いたしました!」
チークやルージュはフレッシュピーチ色で若々しくなるように。髪はハーフアップにして落ち着きが出るようにした。
こうして準備が整うと、私はエントランスホールへ向かった。するとティータイム前、絶賛執務中のはずなのに、父親が見送りに来てくれた。
「お父様、それではコルディア公爵のところへ行ってきます……。近々行われる裁判の件で、何か話があるのかもしれません。しっかり話を聞いて、報告しますね」
「裁判……そうだな。今回はとんでもないスピードで裁判が進んでいる。やはり公爵家と王家が絡むと、事の重みが変わる」
「そうですね。表向き、王家は無関係です。ですが第三王女が来場した劇場で、毒殺未遂事件が起きています。王家がこの裁判に強い関心を持っていると分かるので、自然と事務処理もスピーディーに進んでいるのでしょうね」
法律の中で、王侯貴族の案件は迅速に進めるように……と書かれているわけではない。でも関係者は忖度するはず。さらに世論も「恐ろしい悪女! 毒殺女に一日も早く裁きを!」という方向で動いている。そうなると自然と裁判に向けての動きは加速されていると思う。
「父さんやティナも王都警備隊の本部へ出向き、いろいろと証言を行っただろう? それはコルディア公爵も同じだ。彼はその身分から、それではなくても忙しい。その上で今回の件もあったから……もしかすると息抜きをしたくて、ティナを誘ったのかもしれない」
「!? 息抜きをされるなら……。コルディア公爵なら音楽をお一人で聴きそうです。私とおしゃべりなんて、選ばないですよ!」
「だがあの公演の前までは、週に一度、会っていたのだろう? そして今日はドタバタの騒動からまさに一週間だ。ティナとのお茶が、コルディア公爵の中で、習慣化されているのかもしれない」
(それって……コルディア公爵の中で、私が茶飲み友だちになっているということ!?)
なんだか縁側で緑茶と和菓子で会話を楽しむおじいちゃん、おばあちゃんを想像してしまう。そしてそれがコルディア公爵と私――だとすれば、実に牧歌的。
コルディア公爵と色恋沙汰に発展する気配はないので、茶飲み友達になれるなら……それはそれでいいかもしれない。そんなことを思いながら馬車に乗り込む。
「ティナ、気を付けて」
「「「いってらっしゃいませ、ティナお嬢様!」」」
父親と一緒に見送ってくれているのは、ヘッドバトラー、メイド長を始め、懐かしいメンバーばかり。アマリアの息のかかっている使用人は全員、屋敷から去り、そして古参のみんなが戻って来てくれたのだ!
見慣れたみんなに見送られることは安心感につながる。
「ティナお嬢様、みんな戻って来て、良かったですね」
「ええ、本当に。ハンナも戻ってくれて、ありがとう」
「とんでもございませんよ、お嬢様!」
シャロンが侍女になってから、馬車の中では無言だった。
だがハンナが侍女に戻り、馬車の中で楽しく話しているうちに、公爵邸へ到着した。
「マルティウス伯爵令嬢。お待ちしていました」
迎えてくれるのは、公爵邸のフットマン。彼とも毎週会うことで、もはや顔見知りだ。一方のハンナは今日が初めましてなので、フットマンに挨拶をしながら、私の後に続く。
「お越しくださり、ありがとうございます」
アイスブルーの髪をサラリと揺らし、紺碧色の瞳を輝かせ、コルディア公爵が迎えてくれる。
かなり多忙と聞いていたが、肌艶もよく、血色もいい。着ているオフホワイトのセットアップと合わせているサファイアブルーのマントもよく似合っていた。
彼が元気であることに安堵しながら「お招きいただき、ありがとうございます」と挨拶をする。
「こちらこそ、招きに応じていただき、光栄です。ではご案内します」
美麗な笑顔と共に公爵は手を差し出す。
その手に自分の手をのせると、彼はゆったり私をエスコートして歩き出した。
「先程、弁護士が報告してくれました。マルティウス伯爵のところにも、まさに今、連絡が行っていると思います。初公判は三日後です」
「そうなのですね。異例のスピードですね」
「子爵と公爵を毒殺し、今度は伯爵を害そうとした。しかも毒で。さらに犯人は元伯爵夫人。最初の事件から十年以上、捕まることがなかった。王都警備隊としても、裁判所としても、国民としても。こんな悪女、とっとと罰してしまえ!ということなのでしょう」
事件から裁判まで十日間。それでも十分早いが、父親との離婚は事件から二日で成立していた。父親がすぐに離婚を申し立て、裁判所より先に国王陛下が許可を出してくれたのだ。貴族の結婚・離婚は基本的に国王陛下の許可が必要。対して裁判所の役割は記録係に近かった。よって国王陛下が許可してくれさえすれば、離婚は成立だった。裁判所には書類を出すだけでいい。そして今回、事件があって離婚なのだ。その許可は実にスムーズだった。
「こちらへどうぞ」
案内されたのは喫茶室だが、窓を開け放っているので、実に開放的だ。
「先日まではローズが美しかったのですが、今の季節、ハイドランジアがまさに満開です。ぜひご覧いただきながら、お茶とスイーツをお楽しみいただこうと思いました」
ハイドランジアは西洋アジサイのことだ。
「なるほど。確かに窓が開いているので一面にハイドランジアが……白・青・紫とグラデーションするように植えられており、大変美しいですね」
「ありがとうございます。ここが特等席です。お座りください」
コルディア公爵に言われた席に座ると、色とりどりのハイドランジアが自然と目に飛び込んでくる。さらに目の前に出されたスイーツもハイドランジアがあしらわれている!
クッキーにはアイシングでハイドランジアが描かれ、ケーキにはシュガークラフトで出来たハイドランジアが飾られていた。
「今日の紅茶もハイドランジアをイメージした色です」
コルディア公爵の合図で、メイドがティーカップに注いだ紅茶は……。
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