72:羊の皮を被った悪魔
ヴィオレットが自分に好意があると勘違いし、隊員に話したこと。それは――。
「いつも地味なドレスのお義姉様がデビュタントの純白のドレスを着たら……私以上の存在感になったのよ? 信じられる? お義姉様は私の引き立て役のはずなのに。なんだか邪魔をしたくなって。私、来年がデビュタントなのに、お義姉様に同行しちゃったの!」
これだけではなかった。
「デビュタントの前に、最終調整でドレスを着たお義姉様に、私、抱きついちゃったの! いろいろ微調整するので、あちこちに待ち針が刺さっているのよ。だから私が抱きついたら、お義姉様ったら『痛っ』って叫んで! ちょっとチクッとしたぐらいで大仰よね。でも傑作だったのは、白のドレスに血が滲んだこと! デビュタントのドレスよ。雪原のような白いドレスでデビュタントには行くべきなのに。血がついているなんて! とっても不吉よね」
ヴィオレットからこの話を聞かされた隊員に女兄弟はなく、デビュタントのドレスのジンクスなど知らなかった。そこで彼がジンクスについて尋ねると、ヴィオレットは即答した。
「もしデビュタントの前に、ドレスが汚れたり、損傷したりすることがあったら……それは不運の前兆と考えられているの。不幸な未来、良縁に恵まれない、はたまた純潔が危ぶまれる事態が起きるのではって! だから……そう。そうよ。お義姉様はコルディア公爵と婚約なんて、絶対にできないわ。ぜーったいに、無理よ! この私が選ばれなくて、お義姉様が選ばれるわけがないもの!」
ヴィオレットに言われなくても、そんなことは分かっている。そもそもアマリアを追い詰め、行動させることが目的だった。そのために、ヴィオレットがコルディア公爵と婚約したいと言い出したら反対する。しかも私を婚約者に勧めるのは……すべてお芝居の一環。父親だって本気で私をコルディア公爵へ、婚約者にと話したわけではない。ゆえにヴィオレットに言われるまでもなく、私がコルディア公爵と婚約なんてするわけがなかった。
(それでも少し浮かれ、もしも私が……なんて想像してしまったけれど。それはちょっとした乙女心。夢を見ただけよ)
ヴィオレットのじわじわと効いてくる、ボディブローのような話に加え、私が怒りで震えそうになった話はもう一つある。それはアマリアを聴取した結果、分かったことだ。
何かと私に協力的だった侍女のハンナ。
彼女はある日突然、アマリアの紹介した銀行家の令息と婚約が決まり、挨拶もなく姿を消してしまった。驚く私にアマリアは「ティナは優しい子よ。ハンナが幸せになろうとしているの、応援してあげるでしょう? 婚約なんてせず、自分に仕えて頂戴なんて、そんな意地悪、言わないわよね?」と言い、さらに辞めてしまったハンナには、婚約を祝う品を用意すればいいと言ったのだ。
私はこれを信じ、ハンナのためにお祝いの品――ティーセットを購入し、「用意したお祝いは、シャロンに預けて。そうしたらお母様がちゃんとその侍女に届けてあげるから」というアマリアの言葉通りにしていた。つまりハンナのためのギフトをシャロンに渡していたが……。
それは辞めたハンナに届けられることはなく、転売されていた。さらにハンナが婚約した相手は、確かに銀行家の令息だったが……。この令息、過去に交際中の女性に何度も手をあげていた。つまりはDV男! 婚約したハンナも早速暴力を受け、体のあちこちに痣を作る事態になっていたのだ。
ここは父親の協力を得て、ハンナとその令息との婚約は解消させた。そして彼女は再び私の侍女に戻った。「もう結婚するより、お嬢様のおそばに一生仕えます」とハンナは言っている。私に仕えてくれるのは嬉しい。でも結婚に幻滅しているのは、間違いなくアマリアのせい。
私に甘いという理由だけで、このハンナを排除し、しかもDV男に嫁がせようとするなんて……。一見母性が強く、慈悲深く見えるアマリアだが、まさに羊の皮を被った悪魔だった。それをさらに実感するのは、例のブローチの件についてのアマリアの証言を聞いた時だ。
「毒殺現場に着て行ったローブは処分したわ。でも返り血をあびたわけではないのよ。別に気にせず、その日に着ていたドレスも靴も、使い続けたと思うわ。捨てた記憶はないから。ブローチは……あの時につけていたものだったなんて、覚えていなかった」
アマリアはそう語っているが……。
(コルディア公爵はこの証言を聞いた時、どんな気持ちになったのかしら?)
出産と同時に母親は死亡し、コルディア公爵にとって、父親はかけがえのない肉親だった。その父親を毒殺した女。許せないと強く思ったはず。その犯人が身に着けていたものは、逮捕の決め手になると思っただろう。幼いながらも必死に覚え、犯人を捕らえるまで、忘れる日はなかったと想像できる。
だが犯人は?
覚えていなかったという。
それどころか犯行の際に着ていた服を、そのまま使い続けたなんて……。そしてあのブローチについても、アマリアは衝撃の証言をしている。
「宝飾品なんてデザインより、使われている宝石が重要よ。あれはアメシストだから持っていたけど……色が地味なのよ。高価とされるアメシストはディープパープル。でもあんな色じゃ、合わせるドレスも落ち着いた色味になる。おばあさんならいいわよ。でも私はまだ若い。ヴィオレットは蝶のモチーフを好むけど、あの子は私以上に若いでしょう。だからティナに渡したのよ」
私とヴィオレットは一歳しか変わらない。そのうえで、ヴィオレットは若々しく華やかに。私は老けて地味に見ればいいと、アマリアは思っていたわけだ。
「あの子、律儀だから。私があげたら喜んでブローチをつけると思ったのよ。そもそもティナにつけたメイドには、暗い色合いのドレスをなるべく着せるように指示をだしていたわ。だってティナは普通にドレスアップしたら……生粋の貴族でしょう。子供の頃から伯爵令嬢として育てられている。どうしても気品や礼儀作法で、ヴィオレットが劣ってしまうから……」
(まさか自分の息のかかったメイドに、そんな指示まで出していたなんて……!)
でも確かにアマリアとヴィオレットと暮らすようになってから、屋敷の内装は明るくなった。その一方で私の部屋、クローゼットの中のドレスは……どんどん地味になっていったのは事実。第三者目線でトムが思わず指摘するぐらい、私は老けた見た目の令嬢になっていたようだ。
そうなるよう仕向けたのはアマリア!
「ドレスまでティナが年相応のものを着たら……。ヴィオレットが負けてしまうわ。だからティナには野暮ったい色の、夏でも秋冬みたいな色のドレスを着ていて欲しかったのよ。それであのブローチをあげたの。まさか公爵の時につけていたなんて……忘れていたわ。だって十年以上の前の話よ。もう過去のこと。覚えているわけがないじゃない!」
(二人も毒殺していると、罪の意識は薄れるものなの?)
もう覚えていないと忘れられる神経の図太さに驚いてしまう。罪の意識に苛まれ、日々生きているわけではなかった。もう既に終わったこととして、何もなかったように生きることが出来るなんて。
だがこれでアマリアとヴィオレットの化けの皮が剝がれた。全ての犯行も白日の下にさらされたのだ。後は裁判でどのような罪に問われるか、だったが……。
その裁判の前に、コルディア公爵から公爵邸に来ないかと誘われたのだ。
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