71:初期投資を惜しんだ?
アマリアは自身の身を守るために、劇毒であるマンチニールを手に入れていた。その使い道は……。
「マンチニールは劇毒ですから、必ずしも飲ませる必要はありません。触れるだけでも皮膚に症状が出ます。そんな状況では娼婦と何かしている場合ではなくなりますからね。しばらくはそれで客をとらずに済むでしょう。それでも何度もそうなると、疑われます。いずれにせよ、娼館から逃げる必要がありますよね。その際も、自分の身に危険が及んだら、マンチニールを使うつもりだったのではないかと」
この時のコルディア公爵の予想はまさに正解だった。それは後日ライズ隊長が教えてくれたし、新聞でも報道されることになった。
こんな感じで今回の事件について話していると、伯爵家の屋敷に到着した。そして今日のところは一旦これで解散となり、コルディア公爵は父親と私を馬車から下ろし、公爵邸へと帰っていた。
帰宅した父親と私はヘッドバトラーに迎えられ、そこで何が起きたのかを話すことになる。ヘッドバトラーは驚くかと思ったら……。
「屋敷の使用人が、アマリア様がいらしてから、どんどん辞めさせられていました。ついぞメイド長まで、アマリア様にクビにされた時。わたしは密かに覚悟をしていました。わたしも邪魔者として追い出されるかもしれないと。アマリア様は家のことを自身か、もしくはご自身の息のかかった人間に任せたかったようです」
古参の使用人として唯一残っていたヘッドバトラーは、この伯爵家で起きている異変に気付いていた。だが何か言えば、間違いなく、彼自身も排除される。もし伯爵邸を追い出されば、父親や私を守れる人間はいなくなってしまう。特に父親が家を留守にした時。私を守れるのはヘッドバトラーである彼しかいない。それが分かっていたので、彼はアマリアに従順なふりをしていた。その忠誠心を示すため、メイド長をアマリアがクビにすると知っても、止められなかったのだ。
「ただ、トム様がいらして、わたしに声を掛けてくださいました。この屋敷で起きていること。伯爵家が不吉な影に覆われていること。それをトム様は、伯爵に話すとおっしゃられたのです。絶対にこのままでは終わらない。それまで踏ん張ってくれと」
「そうだったのか。僕がすっかりあの女狐に騙され、申し訳ないことをした。……辞めて行った使用人も、皆、尤もらしい理由ばかりだった。ゆえに引き留めるより、退職金をはずめば喜ばれると思ったが……。今からでも間に合うだろうか? アマリアの息のかかった使用人を辞めさせ、皆を呼び戻すことは?」
父親に問われたヘッドバトラーは「分かりました。旦那様。まずは元メイド長へ連絡をとってみましよう。アマリア様から『腰の持病があるなら、無理をするな』と辞めさせられましたが、実際のところ、元メイド長は元気ですからね。『私のこと、おばあさん扱いして!』とぷんぷんしていましたから」と言ってくれた。
こうしてこの日からヘッドバトラーは、アマリアに様々な理由でお暇を告げられた使用人たちを呼び戻してくれた。
その一方で、アマリアとヴィオレットの聴取は進んだ。シャロンの共犯は聴取前から確定も同然だった。しかしヴィオレットはこの時点で、グレー。しかし聴取の結果、母親であるアマリアの計画を知り、自ら積極的に関わっていたことが明らかになかった。協力したその動機は――。
「お父様が悪いんです! 実子だからとお義姉様のことばかり大切にして! コルディア公爵の件も……。それに私が綺麗になって、素敵な令息と結婚できたら、伯爵家として潤うのに! お父様は初期投資を惜しんだのです! 私の割り当て金を減らすなんて……そんな意地悪をしたんですよ! その上で、お母様に離婚をつきつけるなんて。お父様は鬼畜です! 悪魔だわ! お母様はただ、悪魔を倒そうとしただけですわ! 私はそんなお母様を応援しただけです!」
そんなことを言い出し、ライズ隊長ら隊員を呆れさせた。さらにその罪を私に被せようとしたことについては――。
「私の方がコルディア公爵の婚約者に相応しいのに。お義姉様は何か勘違いをして、辞退すらしなかったんです。よってこれは罰のようなもの。仕方ないと思います」
実に身勝手な理由をヴィオレットは口にしていた。
私は連行されるヴィオレットを見て、まだ彼女を信じたい気持ちが残っていた。しかしその気持ちを払拭するような証言をヴィオレットはあっさりしている。
それだけではない。
聴取が休憩となった時、ヴィオレットが好むような金髪碧眼の隊員が飲み物とクッキーを用意した。いわゆる取り調べ中ではあるが、休憩は必要。しかも相手が貴族なのだ。お茶会で出るような高級茶葉と特製スイーツなどは出されない。だが隊員たちも休憩中につまむようなクッキーと紅茶は出されたが、ヴィオレットは何か勘違いしたようだ。つまりは自分に好意があり、その隊員が便宜を図ったと。そんな意図、全くないのに。誤解したヴィオレットは、彼には特別にということで、こんな情報を伝えたと言う。
「お母様は私にこそ素敵な婚約者を見つけて、お義姉様は適当な相手と結婚させるつもりだったの。伯爵家の実権は仕事で留守が多いお父様ではなく、お母様が握る。後継者もお母様が御しやすい相手をお義姉様に見繕うつもりでいたのよ」
そんなことだろうとは思っていたので、ヴィオレットがこの話をしたと聞いた時。
驚きはあまりなかった。
むしろその後の話の方が……私としてはショックが大きい。
それはこの話だ。
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