67:すぐに犯人を……
幼いコルディア公爵の命を守るため。彼の父親が毒殺であることは伏せられた。
前世であれば。毒殺だったのに病死で処理するなんて、まず無理なことだと思う。司法解剖も行われるし、捜査は念入りに行われる。しかしこの世界では、科学捜査はまだまだ発展途上。捜査体制も万全とは言い難い。しかも公爵家が事件性を伏せたいと願ったのだ。そのまま病死として処理されることになった。
「病死として処理されたと知り、犯人の女は安堵したと思います。息子であるわたしに顔を見られたものの、病死であれば自分は疑われないと、確信したことでしょう。ヘッドバトラーの目論見は上手くいき、わたしは命を狙われずに済みました」
そこでコルディア公爵はアイスブルーの髪をサラリと揺らし、実に悔しそうな表情を浮かべる。
「わたしは女の顔を見ていました。父親の遺した日記から、犯人像も掴むことができたのです。動機も分かっています。何より印象的だったのは、ローブを胸の前で留めていたブローチです。アメシストで作られた蝶の形のブローチ。いろいろと分かっていることが多い反面、女の名前は分かりませんでした。日記に書かれていた名前、それは偽名だったのです」
大きくため息をつき、コルディア公爵は紺碧色の瞳に悔しさをにじませる。
「しばらく泳がせることになっても。犯人の女を特定し、不意打ちで逮捕できるだろう。そう考えていました。女の顔も分かっているので、すぐに似顔絵も作成していたのですが……」
そこで言葉を切り、チラリとアマリアを見た後、コルディア公爵は話を続ける。
「女性は化粧ひとつで顔つきが簡単に変わってしまう。さらに髪の色も。フードの下に見えていたのはブロンドでしたが……。染めたり、かつらを被ったりすれば、髪色も頼りにはなりません。さらに助産院での記録を調べても、やはり嘘の情報ばかり。犯人の女に辿り着けませんでした」
女が何者なのか。どこへ消えたのか。その足取りも消息もつかめない中、苦労は重なる。
「当時六歳だったわたしは、次期公爵家当主になるべく、いろいろと学ぶことが山積みでした。勿論、後見人である父親の弟がついていましたが、当主になるための学びに追われ、犯人捜しどころではありません。ヘッドバトラーは探偵などを雇い、捜索を続けてくれましたが……結局、女を見つけることができませんでした」
もはや自身の父親に毒を盛った女を捕らえることはできない。そう思っていたら……。
「毒はおそらく飲み物に、ワインや洋酒に盛られていたようです。ですがグラスも瓶も、毒が入っていた容器も含め、すべて犯人の女が持ち去っていました。ですが亡くなった父親の遺体から、毒の抽出には成功していたのです。ただ、毒の特定はできていませんでした。そちらの調査は秘密裡にアカデミーの研究所に依頼していたのです。そしてようやく毒の特定ができました」
コルディア公爵がその場にいる一人一人にゆっくり視線を向け、そしておもむろに口を開く。
「マンチニールです。わたしの父親が盛られた毒はマンチニールの木に由来するものでした。そしてマンチニールは、そこら辺で見かける木ではありません。スパイス諸島と言われるモロッカ諸島の固有種です。そこでわたしはモロッカ諸島への交易で船の乗り入れの話が浮上した時。なんとしてもその権利を得たいと考えました。ですがそこは運悪く、選ばれなかったので、非公式でオランジェ王国の貿易会社に接触を試みましたが……。ダメでした」
ロバーツが調べたコルディア公爵の動き。それは何としてもモロッカ諸島でスパイスを手に入れたいからではなかった。自身の父親を死に追いやったマンチニールについて、調べるためだったのだ。
「毒の特定はできたものの、さらなる研究はできず、犯人の女は見つからない。それでも諦めるつもりはありませんでした。わたしの生涯をかけ、犯人を見つける。そう決意していたのですから。そしてつい最近、転機が訪れたのです。犯人の女は、化粧やかつらなどでその見た目を変えてしまった。だが変わらなかったものがあります。それがブローチです」
そこでコルディア公爵がヴィオレットを見た。
「デビュタントには国王陛下に言われ、渋々参加しましたが……。そこでティナ嬢との楽しい出会いがあり、わたしとしてはそれで十分でした。まさかそこであの因縁のブローチを見つけることになるとは、思ってもいませんでした」
「ブローチ……? それは先ほど言っていた犯人の女のローブを留めていたブローチのことですか、コルディア公爵?」
ライズ隊長の問いに、コルディア公爵は大きく頷く。
「ええ、そうです。濃い紫色のアメシストで作られた蝶のデザインのブローチです。そのブローチをヴィオレット嬢がつけていたのです、デビュタントに同行した際に着ていたドレス。その胸元につけられたブローチを見た時は……衝撃でした。すぐにでも彼女にそのブローチについて問い詰めたくなる衝動を抑えるため、その場から即、立ち去ることになったぐらいです」
これを聞いたヴィオレットは「ち、違います!」と慌てた様子で声をあげる。
「そのブローチは私のものではなく、お義姉様のものです! あの日、お義姉様が私に貸してくれただけで、私のものではありません! お、お義姉様が私に罪をなすりつけるために」
「ヴィオレット」
変な言い逃れを始めたヴィオレットを牽制するため、私はその名を呼んだ。
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