66:真相は違う
ライズ隊長にガン見された医師のサムは肩をすくめた。
「自分が説明するまでもないと思うのですが。マルティウス伯爵は毒を飲んでいないと思います」
「そんなことはないわ! 確かに毒入りのブランデーを飲んだはずよ!」
アマリアが叫び、ヴィオレットも頷く。
「アマリア伯爵夫人。毒を飲んだなら、もがき苦しみ、喉の痛みを訴え、呼吸すら辛くなり、血を吐くのではないですか? 床をのたうち周り、助けを乞う」
コルディア公爵が問うと、アマリアは激しく頷く。
「そうよ! そうなるはずよ!」
「そうですよね。そうやって苦しむわたしの父親をあなたは見下ろし、助けを呼ぶことなく、立ち去った」
コルディア公爵の言葉に、アマリアの顔から表情が失われた。
「私の父親は病気による急死となっています。ですが真相は違う。毒殺です」
「何ですと!?」
ライズ隊長が目を剥くようにして、コルディア公爵を見る。公爵は淡々と語り出す。
「わたしの父親は、出産で母親を……妻を亡くし、そこから同じような悲劇が起きないよう、助産院に多額の寄付をするようになりました。その助産院の一つで受付をしていたとある女性。この女性と父親は親しくなったと、残された日記に書かれていました」
「日記……!」と呟くアマリアの表情は呆然としている。
「その女性は、わたしの父親と同じ志を持っているフリをしました。『出産は母体への負担が大きい。少しでも設備をよくし、妊婦が無事出産し、母親になれるよう、応援したい』そう言葉巧みに言って、父親に近づいたのです。そして……まるでマルティウス伯爵と同じように。契約婚と白い結婚を持ち出したのです」
「それはまさか……」
ライズ隊長が信じられないという表情でコルディア公爵を見て、そしてアマリアを見た。アマリアは視線を伏せ、その表情は分からない。
「彼女は父親にこう言ったそうです。『母親がいない息子さんは寂しい思いをしているに違いないわ。私はあなたの息子さんの母親代わりになり、彼を支えたいと思うの。でもあなたの亡くなった奥さんを愛する気持ちは分かるから、あなたに夫としての義務は求めないわ』と。まさに契約婚と白い結婚を持ち掛け、わたしの父親は……この申し出を拒みました。それから数日後……わたしの父親は命を落とすことになりました」
そこでコルディア公爵は大きく深呼吸してから、再び話を再開した。
「わたしは父親が亡くなった日。剣術の練習で師匠から褒められ、それがとても嬉しかったのです。普段、執務中の父親を訪ねることはありません。ですがその日はどうしてもこの喜びを、父親に伝えたいと思ってしまったのです。そこで父親の執務室に向かうと、廊下で女性とすれ違いました」
その時のことを思い出すように、コルディア公爵が宙を眺める。
「初冬のことです。その女はフード付きのローブを羽織り、まるで顔を隠すようにしていました。そしてわたしのそばを通り過ぎる時、女から何とも言えない不穏な気配を感じたのです。それはもう人間の第六感だったのでしょうか。とにかく不安にかられ、父親の執務室に急ぎました」
ライズ隊長の瞳は食い入るようにコルディア公爵を見ている。彼が何を語るのか。一言も聞き逃さないとするかのように。
「執務室に着くと……父親は絨毯の上で倒れていました。もがき苦しみ、喉の痛みを訴えています。でもその声もすぐに出なくなり、血を吐き始めたのです。そうやって苦しみながら、わたしに告げました。『近寄るな。これは猛毒だ。毒を盛ったのはあの女だ。日記に犯人のことが書かれている。気をつけろ、アレス』と」
一度言葉を切り、コルディア公爵は無念そうな表情で話を続ける。
「まだ幼かったわたしは、父親の状況を見て、腰を抜かしてしまいました。必死で四つん這いになりながら、執務室を出て……声も上手く出せません。それでも何とかヘッドバトラーを呼びに行き……。ヘッドバトラーを連れ、執務室に戻った時。父親は既に息を引き取った後でした」
静まり返った室内で、声をあげたのは――。
「前公爵自身が毒を盛られたと言ったのに、なぜ病死としたのですか?」
衝撃を隠しきれない表情のライズ隊長が、コルディア公爵に尋ねた。
「当時のヘッドバトラーと話した結果、病死にしようと決めました。幼いわたしは犯人の女とすれ違っています。フードを目深に被っていましたが、わたしはまだ幼かったので、下から上を見上げる形でした。よって女の顔も目撃していたのです。影になっていましたが、それでも顔を見ています」
コルディア公爵の答えにライズ隊長の顔には「なるほど」という表情が浮かぶ。
「もし、父親は毒殺され、犯人の女の顔をわたしが見たと分かれば……命を狙われたかもしれません。ヘッドバトラーはわたしが命を狙らわれることを恐れ、事件性を伏せることにしたのです」
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