60:心当たりがある方はいますか?
ブルネットの髪に、メガネの奥の瞳はエメラルドグリーン。健康的に日焼けした肌をグレーのスーツに包んだ医師が到着した。
「あの、私が医師のサム氏をお父様のところへ案内します」
「ティナ嬢、お願いします。彼女はマルティウス伯爵の長女です」
コルディア公爵が即反応し、ライズ隊長が「では警備隊の隊員も一人、同行させましょう」と言ってくれる。
「わ、私もお義姉様と一緒に行くわ!」とヴィオレットも言い、シャロンも「お嬢様方に付き添います」と声を上げる。コルディア公爵がすぐに「伯爵の次女と侍女です」と二人のことを説明し、それぞれが行動を開始する。
私は医師のサムと並んで歩きながら、状況を説明した。それを聞いたサムは……。
「毒……。そうなるとブランデーが入っていたグラスをまず確認するところからでしょう。しかし毒の特定というのは困難です。ヒ素や水銀などの毒も後日解剖により判明するぐらいなので……。今回、嘔吐があるということで、レストルームへ向かったのですよね? その症状は激しいものでしたか?」
医師のサムに尋ねられ、私は首を振ることになる。
「お父様は支えられているものの、一応、自身で歩くことはできています。ボックス席で嘔吐することもありませんでした」
「なるほど。そうなると劇毒ではないのかもしれませんね。まずご本人の状態を確認したら、すぐにグラスを確認しましょう。症状が軽いのであれば、回復の見込みは高いと言えます」
「え」
すぐ後ろを歩くヴィオレットの声に、私とサムは「?」と振り返る。
「な、なんでもないです、お義姉様!」とヴィオレットはぎこちなく笑う。
そこでレストルームに到着すると、そこから出てきた父親とアマリアと遭遇する。
「お父様、具合はどうですか!?」
「ティナ、それにヴィオレット。心配かけてすまない。かなり良くなったと思う。ブランデーを急ピッチで飲み過ぎたせいかな?」
「あなた、そんなわけないでしょう! あなたはお酒、強かったはずです。あれぐらいの量では酔わないわ! 絶対に毒を盛られたんですよ!」
アマリアの言葉にヴィオレットもこくこく頷く。
「えーと、マルティウス伯爵。吐き気、腹痛、そして下痢の症状は? あ、失礼。私は医師のサムと申します」
「あ、医師の方なのですね。吐き気はさっきまでありましたが、今は落ち着いています。腹痛はないですよ。下痢も大丈夫です」
「そんな! さっき、お腹を押さえていましたよね!? お腹が痛かったのではないですか!? それにかなり激しく嘔吐していましたよね!? 喉も苦しいと言っていませんでしたか!?」
アマリアの言葉を受け、医師のサムが父親に確認するが……。
「確かに嘔吐しそうになり、声を出していましたが、ほとんど戻していないというか……」
「分かりました。まずはそちらのソファに座り、いろいろ確認させてください」
医師のサムにそう言われた父親は「はい」と頷き、アマリアや使用人の支えなしで歩き出す。その様子を見るに「毒……?」という疑問が皆の頭上に浮かんでいる気がしてならない。それでもソファに座った父親に、医師のサムは問診を始める。
そこにコルディア公爵と王都警備隊のライズ隊長と隊員がやって来た。第三王女とその婚約者たちは避難したが、父親は生きている。そこで一旦、公演は続行になった。ここで急遽中止にするには、あまりにも大物指揮者が公演しており、影響が大きかったからだ。
もし父親の容態が重かったり、もしもがあったりすれば、当然公演は中止になる。だがそうではないので、一旦様子見で公演続行となったが、もしもに備え、支配人はオーケストラの控え室へ向かい、責任者と話すことになった。
その一方で、ここに残った私たちはどうしたのかというと……。
「こちらがマルティウス伯爵の飲んでいたブランデーのグラスです」とコルディア公爵が医師のサムに渡す。続いて王都警備隊のライズ隊長は――。
「先程、部下たちにボックス席、バーコーナーをくまなく捜索させ、不審物がないか確認させました。するとボックス席の壁際のサイドテーブルに置かれていた花瓶の壺の中から、こちらのガラス瓶が発見されました」
王都警備隊のライズ隊長が手にしているのは、ビーズなどが入っていそうな小さな小瓶。茶色のガラスの小瓶だ。
「中は空ですが、この小瓶に心当たりがある方はいますか?」
皆、無言だったが、シャロンがスッと手を挙げた。
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完結のお知らせ:一気読みできます!
『婚約破棄された悪役令嬢はざまぁをきっちりすることにした』
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└壮大なざまぁが完成しました!
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