57:天秤
アマリアを見ながら、コルディア公爵が口を開く。
「マルティウス伯爵夫人……珍しい趣向のドレスですね」
「ええ、こちらは孔雀の本物の羽根を使っておりますの。今、羽根飾りが流行で、こちらが最先端のデザインですのよ」
「なるほど。以前は蝶のデザインなども流行していましたが」
「そうですね……。でもそれは十年以上前ではないかしら?」
「蝶と言えば、こちらの次女のヴィオレットが蝶の標本が趣味でして。我が家にはヴィオレットが収集した蝶の標本が沢山飾られています」
ここでヴィオレットもついにコルディア公爵に紹介されることになる。
「コルディア公爵! お会いできて光栄です。実は公爵にはお義姉様のデビュタントでお会いしているんですが、その時は挨拶ができず、とても残念でした。ちゃんとご挨拶できなかったのが心残りで、ずっともう一度お会いしたいと思っていたんです。お義姉様は毎週のようにコルディア公爵と会っているのに、私は」「ヴィオレット」
父親がヴィオレットに待ったをかける。「でも、お父様……」とヴィオレットは上目遣いのうるうるの瞳で父親を見上げるが……。
「アマリア。ヴィオレットとティナを連れ、バーコーナーにでも行って、飲み物でも頂くといい。僕はこれから公爵と話があるから、しばらく飲み物を楽しんでいなさい」
父親がそう言うとヴィオレットは「お父様!」と抗議し、アマリアは「ヴィオレット……」と言い、宥めようとする。
「ヴィオレット嬢。ボックス席の客は、バーコーナーで提供している紅茶やコーヒーを無料でいただくことができます。果実水などもあり、小さなサイズのペストリーやタルト、一口サイズのケーキ、ドライフルーツ、フィンガーサンドイッチなども、無料で提供されていますよ」
コルディア公爵が紺碧色の瞳を細め、大天使のような笑顔で伝える。これに対し、ヴィオレットは……。
「お母様、お義姉様、バーコーナーへ行きましょう!」
そこは花より団子になってはいけなのに。
コルディア公爵 < バーコーナーのスイーツ&軽食
この思考のヴィオレットは私とアマリアを連れ、ボックス席を出て行く。こうなることを想定し、コルディア公爵はスイーツなどのことを口にしたのだと思うけど……。まんまとヴィオレットはその術中にハマっていた。
「ヴィオレット! スイーツもドリンクも屋敷に戻ればいくらでも食べられるでしょう! せっかく公爵とお近づきになれたのに!」
アマリアが低い声で怒りの言葉を呟き始めたので、私は「レストルームへ行ってきます」と二人から離れることにした。
ボックス席は数が限られているし、バーコーナーで飲み物を無料提供しても、そこでグラスを手にうろうろしている人はいない。ボックス席を利用するような貴族なのだ。従者や侍女に飲み物を取りに行かせ、席でゆったり飲み物を楽しんでいた。つまりバーコーナーの周辺にはスタッフか、主のために飲み物を運びに来た使用人しかいない。貴族の目を気にする必要がないとなったら、アマリアとヴィオレットは口論を始めるかもしれない。そこで私はレストルームへ避難することにしたのだ。
本来的には私たちも侍女や従者もしくは劇場スタッフに頼み、席まで飲み物を持ってきてもらってもよかったはず。そうしなかったのは父親がコルディア公爵と二人きりで話したかったから。つまりは私のことを婚約者としてどうかと、推薦している最中……。
レストルームの鏡に映る自分を見て、「私とあのコルディア公爵が婚約?」と心の中で呟く。私の隣に並ぶ公爵を想像してみるが……。
前世とは違い、ティナは大変美しいと思う。
(そうだとしても、ない、ないだわ。何せこの世界で一番の美男子――それがコルディア公爵と言っても過言ではない。そんな相手と婚約なんて……)
邪念を振り払い、用を済ませると、お化粧の調子を確認する。
(もう口論は終わっているかしら……?)
レストルームを出て、バーコーナーを確認する。
アマリアとヴィオレットは、口論をしていない。円形のハイテーブルに飲み物を置き、二人して神妙な顔つきで何やら話をしていた。
「!」
私の姿に気付くと、二人は会話をやめた。それはまるで私の悪口を二人で話していて、一斉にピタッッと止めたようで、何とも言えない気持ちになる。
だがそうなる理由は分かっている。ヴィオレットはあっさり花より団子だったが、コルディア公爵を気に入っていることは事実。そして自分が彼の婚約者になりたいと思っていたのだ。それなのに私に横取りされたと思っているのだから……。
(待って。横取り? 私が? それはないわ!)
あくまで候補なのだ。婚約者決定ではない。コルディア公爵の元には沢山の求婚状が届いていると思う。本来、求婚状は男性から送るものだが、彼の場合はその理論は通用しない。「ぜひ我が娘を選んでください!」という状況なのだ。
候補者なんて山といる。その中から私が選ばれることなんて……あるわけがなかった。
(ヴィオレットも恨むなら、本当に婚約者に選ばれた人にして欲しいわ。……ううん。そうではないわね。例え自分が選ばれなくても、誰かを恨むのはダメなこと。ここは諦めるべきよ)
「お義姉様の分の飲み物も、貰っておきましたよ!」
ヴィオレットは頬をぷっくり膨らませ、私を見る。怒っているのかと思ったら、そこまでもないようだ。不貞腐れている程度だった。
「……ありがとう、ヴィオレット」
「お父様にはブランデーを用意したの。コルディア公爵にはラズベリーの果実水。ボックス席へ戻りましょう、お義姉様」
「ティナ、お父様のブランデー、持って行ってくれる?」
「あ、はい。お母様」
ラズベリーの果実水を左手に、右手で父親のブランデーが入ったグラスを持ち、歩き出す。
「あら、マルティウス伯爵夫人じゃない? あなた、まさかボックス席のチケット、手に入れていたの!?」
「違うんですよ、グラッセ侯爵夫人! 実はコルディア公爵に招待いただいて」
マダムの立ち話が始まり、そして――。
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明日も今日と同じぐらいに更新しますね~






















































