56:真のVIP
シャロンの氷のような冷たい視線を感じた。
こちらの怒りは継続中のようで、侍女としての役目は果たすが、それ以外は一切何もしないオーラが漂っている。だがもうこれは仕方ないことと思い、エントランスホールへ向かう。
「!」
エントランスホールに到着すると、既にヴィオレットとアマリアがいたのだけど……。
ヴィオレットは自身の可愛さを最大限アピールしたかったのか。ピンクのフリルとリボンとレース満点のドレスを着ている。
ヴィオレットとしては勝負ドレス。しかもコルディア公爵の嫌う不要な露出はない。ただ甘々過ぎる。
というか、ヴィオレットのことを父親は婚約者候補として名を出すつもりはないと、昨晩ハッキリ宣言しているのに。もしかしたらということでこのドレスを選んだのだとしたら……。
(諦めが悪いというか、ネバーギブアップの図太い精神を褒めるべきなのかしら?)
ヴィオレットのこのピンクふりふりも目を引くが、アマリアもすごいことになっていた。
アマリアはピーコック(孔雀)をモチーフにしたドレスを着ている。ドレス自体の色がピーコックグリーン。そして前世のエリザベス朝時代にお馴染みの、大きなひだの襟を、まさに孔雀の尾羽で表現していた。孔雀の羽根飾りは人気であるが、これはかなりインパクトがある。
その一方で父親は、オーソドックスな黒のテールコートを着ているが、その装いを見ると、なんだか安心できる。ヴィオレットは甘々過ぎるし、アマリアは革新的過ぎて、その反動で父親の装いが大変平和に思えるのだ。
きっとこの二人の装いに、父親も思うところがあるだろう。ただ、遅刻はできない。「やれやれ」という表情で、父親は皆に馬車へ乗るように指示を出す。
こうして馬車に乗り込んだが……。
いつもは父親の隣に座りたがるヴィオレットだったが、今日はアマリアの隣に座ると言い出した。これは完全にコルディア公爵の件で頭に来て、父親を相手にしないという意志の表れだろう。しかも父親とアマリアは昨晩、夫婦喧嘩をしていたのだ。こうなると馬車の中で四人、お互いにだんまりになる。
気まずくなりかけたが、父親が口を開く。話題は今回の航海の話や砂糖のことだ。
いつもならヴィオレットが「お父様、すご~い」「まあ、そうなの!」とオーバーリアクションするが、今はそれもない。
ゆえに淡々とした会話が続いたが、程なくして公演会場となるシンフォニーホールに到着した。
正面入口にはレッドカーペットが敷かれ、馬車から降りる貴族たちの姿はとても華やかに見える。だが真のVIPはこの正面入口を使わない。東の通用門と言われる、ボックス席の観客専用の出入り口があるからだ。そこを利用できるのは、勿論、ボックス席の客のみ。だがそこには専用のドアマンと係員がいれば、警備員まで揃っている。馬車が止まるとすぐに係員が駆け寄って来た。
「マルティウス伯爵様……はい、承っています。コルディア公爵のボックス席へご案内いたします」
この東の通用門の利用者は少ないはずだが、その入口には大量のローズが飾られ、一歩中に入ると、豪華なシャンデリアが吊るされ、ふかふかの絨毯が敷かれている。通路に沿って建つ大理石の柱は黄金で飾られ、頭上には美しい天井画。そして柱の向こうに見える壁には色彩豊かなタペストリーが飾られている。正面入口と遜色のない豪華な空間が広がり、そのままボックス席へと案内してもらえた。
「コルディア公爵、お連れ様が到着しました」
係員のこの発言に父親が「しまった!」という顔になる。父親は招待されている身なので、先に来て公爵を待つ状態にしたかったのだと思う。そのために三十分前に到着したのに、既にコルディア公爵が到着しているのは、想定外。
だがここで焦っても仕方ない。
慌てた顔は一瞬だった。父親は既に平常心を取り戻し、アマリアをエスコートし、先へ中に入る。その後ろを私、ヴィオレットが続く。
「コルディア公爵、ご無沙汰しております。以前、モロッカ諸島の件の会議で、宮殿にてご挨拶させていただいたノニス・ノヴァ・マルティウスです」
挨拶する父親の後ろからコルディア公爵を見ると、今日も彼はとても美しい。自身の髪色に合わせたアイスブルーのテールコートは上質なシルクで光沢もあり、とっても素敵。紺碧色の瞳と同じタイやポケットチーフも大変お似合いである。シルバーの懐中時計のチェーンさえ、彼の今日のファッションを引き立てているように思えてしまう。何より父親と向き合うと、その脚の長さと長身も際立った。
「お久しぶりです、マルティウス伯爵。その節はお世話になりました」
サラリとアイスブルーの髪を揺らして挨拶する姿も洗練されている。
「いえ、こちらこそ。この度は娘がデビュタントで公爵に助けていただいたと聞いています。本当にありがとうございます」
ひとしきり父親が挨拶を行うと、アマリアが紹介された。アマリアとの挨拶を終えたコルディア公爵はしみじみと呟く。
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