54:波乱含みで幕を閉じる
「入浴の準備がありますので、一旦退出してもよろしいでしょうか?」
シャロンに問われ、私は「構わないわ」と返事をすることになる。するとシャロンはメイドを連れ、部屋を出て行ったが……。
無表情でも怒っていると伝わってくるのは……実際相当怒っているからだろう。
そう。シャロンは給仕をしないが、私たちが食事をしている最中、ダイニングルームに控えていた。そこで父親と私がこれまでと違う態度をとり、アマリアとヴィオレットが窮地に陥るのをずっと見ていたのだ。
私に対して頭に来ているだろうし、この部屋に届けられたお土産は……片付けを手伝うつもりはないだろう。命じれば嫌々やってくれるだろうが、自分でできないことではないのだ。
そこで私は従者を呼び、釘打ちされている木箱の蓋を開けてもらう。そして中を確認すると――。
美しい海を思わせる色合いの陶器がまず目につく。新聞紙と藁に包まれたそれは、花瓶、小物入れ、キャンドルホルダーと、とても美しい。さらに南国の海にしかない貝殻のアクセサリー……日傘や鞄に飾るチャーム、帽子に飾るようなピンズ、ショールを留めるのにピッタリなブローチなども、美しい布に包まれ出てきた。
布も水色から碧い色へグラデーションする素敵なものがいくつも入っており、これでクッションカバーやスリッパを作りたくなる。素敵なお土産に心が躍り、もう一つの木箱を確認すると……。一瞬、陶器の置物かと思ったが違う。持つと中に液体が入っている気配を感じる。
(これは……ラム酒では!?)
まるでアートのように思える瓶が五本程入っており、それは陶器だったり、ガラス製だったり。よく見るとその装飾は一つ一つハンドペイントでつけられたものだと思う。
ただのラム酒ではなく、こんなオシャレな瓶や陶器のものを見つけるなんて。
父親のセンスの良さに思わず感心してしまう。そして棚に飾るのに最適なので、つい、私も欲しいと思ってしまうが……。まだお酒を飲める年齢ではない。これは父親へ返そうと思い、取り出した瓶と陶器は木箱に戻し、持ち上げられるか試す。
「あ、大丈夫。いけるわね」
シャロンやメイドを呼ぶことも考えた。だが今、シャロンは私に対し、頭に来ている状態。メイドもシャロンの顔色を窺うので、私のために動きたがらないかもしれない。
(こういう時は触らぬ神に祟りなし。自分で運べるのなら、運んでしまおう!)
そう決意し、木箱を持ち、部屋を出る。
持つことはできるが、父親の部屋がある二階には、階段で向かわなければならない。そこだけはちょっと大変だったが、なんとか階段もクリア。父親の部屋の扉の前に到着した。
まさに扉をノックしようとしたところ、それは内側から勢いよく開けられたのだ。
あやうく扉に激突しそうになるのを避けたが、今度はそこからアマリアが出てきた。私は遂にバランスを崩し、尻餅をつく。木箱を持ったままだったが、何とか中身をぶちまけずに済んだ。私は安堵で大きく息を吐くことになったが……。
アマリアはそんな私に気付いたが、チラッと見ると、フイッとすぐに顔を逸らす。しかもバンッと勢いよく扉を閉めると、私に声を掛けることなく、廊下を歩き出してしまった。私は驚きながらも一旦木箱を置き、自力で立ち上がり、遠慮がちに扉をノックすることになる。
どう考えても、父親とアマリアは喧嘩していたように思う。その直後に父親を訪ねるのは、間が悪すぎる気もした。しかし木箱をせっかくここまで運んでいる。とりあえず渡して帰ろうと思ったわけだ。
「ティナお嬢様、どうされたのですか!?」
「ティナ」
アマリアが大きな音を立て、扉を閉めたので、驚いたバトラーが駆けつけた。同時に父親が扉を開け、顔をのぞかせたのだ。
いろいろなことが同時進行になったので、私は驚きつつも、まずは父親に声を掛ける。
「私の部屋にラム酒の木箱が運ばれていたんです。多分、間違って運ばれてきたと思ったので、持ってきました」
「! そうだったのか、ティナ。メイドに運ばせればいいのに」
駆け寄ったバトラーが「自分が持ちます!」と木箱を持ってくれた
「では私は入浴もあるので、部屋に戻ります」
「分かった。ティナ、わざわざありがとう」
「いえ、お気になさらず。……それではおやすみなさいませ、お父様」
「おやすみ、ティナ」
バトラーも木箱を抱えたまま、お辞儀をしてくれる。私も二人に頭を下げ、廊下を歩き出す。
部屋に向かいながら、私は考える。
父親は二カ月ぶりに帰国した。本来ならその父親とアマリアは再会を喜ぶ一晩を過ごすはずだったのではないか。それなのにあんな風に部屋を飛び出してきたということは……。
父親は基本的に穏やかな性格であり、例えるなら水。対してアマリアは感情をストレートにぶつける、まさに火。この二人が喧嘩したら、相容れない部分が大きく、とことん対立しそうだけど……。
でも明日はコルディア公爵の招待を受けているのだ。家族揃い、公演会場へ足を運ぶ。貴族は体面を重んじるので、夫婦不仲の姿をよそ様に見せるなんてしない。
(大丈夫よ。父親は根が優しいから、きっとアマリアとも明日には和解しているはず)
そんなこんなで父親の帰国したこの日は、波乱含みで幕を閉じる。
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