51:私、婚約したいです!
ダイニングルームのテーブル。それは家族四人には大きすぎるテーブルだが、これは屋敷で夕食会や晩餐会を行うためだ。とても大きなテーブルなので、使わない時に片付けるにも場所をとる。さらに出し入れも大変。ゆえに家族四人の普段の食事でも、この大きな長テーブルを使っているのだけど……。
そのテーブルには父親の帰国を祝い、沢山の料理が並べられている。
黄金色に輝くコンソメスープ、白身魚のテリーヌなどのオードブルの盛り合わせ、メインの肉料理はハーブ香る仔羊のロースト、魚料理はローストフィッシュのレモンのハーブ仕立て。他にもチーズやハムの盛り合わせ、ピクルスやたっぷりのオリーブの実も並んでいる。そこに焼き立てのパンも登場。
「今日はご馳走だぞ。みんなで心行くまで食べよう」
父親の声にアマリア、ヴィオレット、私は「「「はーい」」」と声を揃える。
「わあ、この仔羊のロースト美味しいわ!」
「ヴィオレット! まずはスープからでしょう! もし公爵の前で肉料理から食べたら、呆れられるわよ」
「まあまあ。確かにアマリアの言う通りで、こうやって料理がテーブルに全て並んでいても、スープ、オードブル、魚料理、肉料理と順番に食べて行く必要がある。とはいえ家族水入らずでの久々の食事だ。これぐらい大目に見よう。……ところで公爵の前で食事? いずれかの公爵に食事でも誘われたのか?」
父親はアマリアに尋ねたが、答えたのはヴィオレットだ。
「お父様、私、コルディア公爵と婚約したいです!」
この発言に驚き、私は白身魚のテリーヌを勢いよく呑み込んでしまい、むせそうになる。給仕のメイドが急ぎグラスに水を入れて出してくれるので、それを慌てて飲む。
「コルディア公爵と婚約!? 随分急な話だね、ヴィオレット。確かデビュタントで公爵と会ったと言っていたが……その後、ヴィオレットは彼とは会っていないのだろう?」
「はい。そうなんです、お父様! お義姉様はコーヒー豆のことで、毎週のようにコルディア公爵に会っているのに。ヴィオレットは公爵に会えなくて寂しいです! お父様、コルディア公爵に会えるようにしてください」
「!? コルディア公爵と婚約ではなく、会いたかったのだね?」
父親が尋ねると、ヴィオレットは首を大きく振る。
「婚約したいですし、会いたいです!」
「……だが明日、会えるだろう? あの世界的な指揮者であるヘルトケヴの公演に公爵は、家族全員を招待してくれた」
「その通りですわ、あなた。明日、コルディア公爵にようやく会うことが出来るんです。ぜひヴィオレットのことを紹介し、その次へ進めるよう、親として手を貸して上げましょう」
父親はアマリアの言葉に一瞬息を呑むが、「なるほど。……ヴィオレットも来年にはデビュタントだ。婚約者は選びが必要だな」と言いながら、ワインを飲む。
「その通りですわ! デビュタントになってから選ぶのでは遅いんです。高位貴族ほど、幼い頃に婚約者を選んでしまいます。売れ残りとヴィオレットが婚約なんて……。幸いコルディア公爵はご両親を早くに亡くされ、婚約者どころではなく、独り身です。ヴィオレットは公爵にピッタリですわ!」
「私もコルディア公爵のことをお慕いしています。あんなに美しい殿方、見たことありませんもの。私と並んだ公爵は、みんなから美男美女だと言われると思いますわ。きっと生まれてくる赤ちゃんも美しい男の子や女の子だと思います!」
「ははは。ヴィオレットは随分、気が早いな。アマリアも。まずはティナの婚約者探しが先のように思えるが……」
そう言って父親が取り分けられた魚料理をパクリと食べると、アマリアはパンを持ったまま動きを止め、ヴィオレットはスプーンを持ったまま頬を膨らませる。
「え、ええ。そうね。ティナ。ティナの相手も必要ですわ……。そう言えば私がボートから落ちて溺れた時に助けてくださったリブ伯爵家のハンス様なんて、どうかしら?」
「いいと思いますわ! お母様を助けた英雄ですし、きっとお義姉様にもしもがあれば、助けてくださると思いますわ。同じ伯爵家ですし、釣り合いもとれるもの!」
アマリアの提案に、ヴィオレットはスプーンを持ったまま手を叩く。
「リブ伯爵家のハンス……彼は嫡男だったはずだ。姉妹はいるが兄弟はいない。婿養子には出さないだろう」
父親の言葉にアマリアとヴィオレットは「しまった」という顔になる。
「ピーターは? ピーターは侯爵家の確か次男だと言っていたわ!」
ヴィオレットが顔を輝かせると、アマリアも同意を示す。
「ええ、そうよ! 確かに本人がそう言っていたわ」
「ピーター・ボーデンのことか? 彼は婚約者がいる。今年彼は十八歳になったが、婚約者は確かヴィオレットと同じ十五歳。来年、デビュタントだ」
父親の言葉を聞いたアマリアとヴィオレットは顔を見合わせ、苦々しい表情になっている。きっと昨晩のデビュタントでヴィオレットが挨拶をすることになった令息の中で、ピーターが婚約者として、最も相応しいと踏んでいたはず。そう、コルディア公爵が現れるまでは。
なぜならピーターの容姿はヴィオレット好みの金髪碧眼。そして侯爵家の次男ではあるが、父親が複数の爵位を持つことから、伯爵位を継ぐことができると本人が言っていた。ゆえに次男ではあるが、例外的に優良物件。身分を気にするアマリアとしても文句はない。
だがまさか婚約者が既にいたとは……あの場でピーター自身も婚約していると言わなかったのだろう。
婚約者がいることを隠し、火遊びをするプレイボーイはこの世界にも存在している。ピーターはまさに容姿、身分からして、その資質は十分。まんまとアマリアとヴィオレットは彼の手の平に転がされたのだろう。
「どうやらティナの相手について、二人とも全く考えていなかったようだな」
父親の一言にアマリアは「そんなこと、ありませんわ!」と言い、ヴィオレットも「わ、私もお義姉様には幸せになっていただきたいと考えていますわ!」と焦りながら取り繕うが……。
「僕はティナの婚約者にこそ、コルディア公爵がいいのではないかと思っている」
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