50:お父様!
「お父様~!」
「あなた!」
ヴィオレットとアマリアはエントランスで父親を迎えると、馬車から降りた父親へ一目散で駆け出す。以前なら私が二人のように父親を迎えていた。でも今は距離をとり、父親に抱きつくヴィオレットとアマリアを眺めているしかない。
そうやって眺めることになったからか。父親の表情の微妙な翳りに気付くことになる。
一見するといつも通りの笑顔。でも淡い水色の瞳を見ると、心から笑っているようには思えないのだ。
どうしたのかしら、お父様?
「お父様、お土産は⁉︎」
「ああ、ちゃんと買って来た。部屋に運ばせるから、見るといい。私は疲れたから昼食までは休ませてもらうよ」
「分かりました。昼食が用意できたら、起こすようにしますわ」
ヴィオレットとアマリアから離れると、父親が私を見る。
「ティナ!」
その瞬間、父親の表情はこれまでとは一転。いつもの明るい笑顔となり、私の方へと駆け寄り「ただいま!」とハグをする。
「おかえりなさいませ、お父様」と私もその背中に腕を回す。
「しばらく見ない間にティナ、大人っぽくなったね」
「そうですか? ドレスもいつも通りですし……もしかして太ったかしら?」
「ははは。太ってなんかいないよ。ただ綺麗になったと思うぞ、ティナ。デビュタントを終えたからかな?」
これには「ああ」と納得することになる。私が無事デビュタントを終え、大人の仲間入りをしたことを祝い「大人になった=大人っぽくなった」と言ってくれたのね。
「ありがとうございます、お父様。……昨晩は遅かったのですか? いつもお父様、帰国しても元気で、お土産披露を始めるのに」
「実は昨晩、トムが私の泊る宿を訪ねてくれてな。飲み過ぎてしまった」
これには「なるほど!」だった。トムはお酒好きで、父親も飲める口。久々に再会し、大いに盛り上がり、お酒も進んだのだろう。
「旦那様、お帰りなさいませ。お休み前に軽く湯浴びをできるよう、準備してあります」
ヘッドバトラーが私たちのそばに来て、気を遣いながら声を掛けてくれる。
「気が利くな。ありがとう。では部屋へ入ろうか」
父親は私の肩に手を置き、歩き出す。それはいつも通りのことであり、私も自然と歩き出したが……。
(ヴィオレットとアマリアは⁉︎)
再婚してからはこの二人に父親は気を遣うことが多かった。外出すればその腕にヴィオレットが絡まるし、公の場では当然だがアマリアをエスコートする。
チラッと後ろを振り返ると……。
二人は馬車やその後の荷馬車から下ろされるトランクや木箱を見ている。つまりはお土産がどうやら気になっている模様。
「ティナ。トムから少し聞いたが、コルディア公爵と知り合ったのだろう? お茶会にも誘われたとか。驚いたよ。父さんでさえ、彼に会ったのは数える程なのに。どうだった、コルディア公爵は?」
「! そうでしたね。その件、報告していませんでした。今回は二カ月で帰国になるので、手紙も数度しか出さず、ごめんなさい」
「そこは気にする必要はない。父さんの帰国と手紙が入れ違いになる可能性もあったのだから」
そこで私は父親が自室へ向かうのを見送りながら、コルディア公爵と知り合った経緯、毎週のようにしているお茶会のことを話した。シャロンにはヴィオレットとアマリアを手伝うように頼んだので、そばにはいない。父親の従者は距離をあけてついて来ており、会話は聞こえない。
よってコルディア公爵とはコーヒー豆について話しながらも、お互いの趣味や好きなことについても話し、そこで大いに盛り上がったことなども打ち明けることになった。
「なるほど。ではコルディア公爵とはまさに意気投合したのだね。聞く限り好青年そうだし、話をすることで刺激をもらうこともできているのでは? よかったじゃないか、ティナ」
そこで父親の部屋に到着してしまった。
父親は疲れているし、この後、湯浴びをしたら昼寝になるのだ。邪魔をするつもりはなかったので、父親の部屋に入るつもりはなかった。
だが父親は「ティナに渡すお土産がある。入りなさい」と部屋へ入るように言う。そして従者には湯浴びは一人で済ませるからと部屋から退出させてしまった。
これには「お父様?」と思うが、お土産を渡したいと言っていたのだ。ならばお土産を受け取ろうと、父親の部屋に入ることにした。すると父親は部屋の鍵を掛ける。
(父親は普段から部屋に鍵を掛けていたかしら? 長時間、自室を空ける時は鍵をかけていたと思うけれど……)
父親の部屋は、前室の右側の扉は寝室に、左側の扉からは書斎へ行ける。その書斎には、金庫もあれば、商会経営にまつわる重要書類も保管されているはず。よって不在にする場合は鍵を掛けると思う。
(でも自身が部屋にいる時、こんなふうに鍵をかけたかしら?)
「ティナ」
実に真剣な表情になり、父親が私を見た。
「父さんがいない二カ月。何か身に危険を感じることはなかったか?」
(これは……大黒柱がいないことで、何か困ったことがなかったかと心配しているのかしら? まさか泥棒や強盗に襲われたりしていないかと心配している……わけではないわよね?)
そんなことを考えながら、「特に怖いことはなかったです」と答えることになった。私の返事を聞いた父親は安堵の表情になる。
「良かった。ティナ。そこに座りなさい。少し話がある」
そう言って父親が話したこと。それは……私が想像もしていない、とんでもない話だった。
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