5:た、大変!
デビュタントで着る白のドレスのオーダー。
社交界デビューは貴族令嬢にとってとても重要なもの……ということはこの物語の世界というより、前世の知識としても普通に知っていた。
しかしそれは甘かった。
たかが白のドレス。オーダーメイドすると言っても、色が白のドレスなのだ。生地のランクの差ぐらいで、どうせ似たり寄ったり……と思ったら全然違う!
当然だけど、使う生地の素材でランク付けがあった。織り方や質感、透け具合などでも生地は沢山種類がある。さらに同じ白でも染色により、色味が微妙に違う。アイボリー、オフホワイト、スノーホワイト……など、白でも種類があった。
さらにカットや全体のシルエット、ウエストラインの位置、襟や袖のデザイン、裾のフリルやプリーツ、ドレープなど、細部に渡る細かいデザインで差別化がなされた。そこに一緒に着用することになる宝飾品、靴、手袋も掛け算される。それだけではない。トレンドやその家門の伝統なども加味されるのだ。
そうなると、たかが白のドレスではなくなる。この世界で一着だけの、私のドレスが形になっていく。
「……終わったな、ティナ」
「はい。お父様……」
この世界には電気という文明の利器はまだ存在していない。ランプはあるが、基本的に人々は太陽と共に生活をしていた。そのため、王都の街中にある服飾品店、宝飾品店、雑貨屋や本屋も、朝の八時ぐらいから当たり前のように店が開いている。
前世では衣料品店やアクセサリーショップなんて、十一時ぐらいにオープンだったと思う。だがこの世界は違った。パン屋やカフェのように、朝から様々なお店が通常営業をしていたのだ。
そしてこの日、私と父親は八時過ぎにオーダーメイドドレスを作るブティックに入店している。途中、昼休憩とティータイムを挟んだが、注文が終わったのは……閉店時間の十八時だった。
(まさかデビュタントで着る白のドレスのオーダーに、こんなに時間がかかるなんて……。もはやウェディングドレス並みに大変だった気がする!)
でもある意味この世界では、デビュタントで縁談話が決まるとも言われている。よってウェディングドレス並みに熱が入るのも……当然なのかもしれない。
「ティナ。疲れただろう? それにお腹も空いているのでは?」
「そうですね。お父様もお疲れですよね?」
「いや、父さんのことは心配いらない。こう見えて体力があるから。……今日はせっかく街にこの時間にいるんだ。レストランで食事をしてから帰ろうか?」
屋敷で食べる料理は勿論、美味しい。
でもこの世界のレストラン。
(行ってみたい!)
記憶を紐解くと、ティナが外食をした回数は数える程しかなかった。それは貴族社会特有の事情があるからだ。
というのも貴族の屋敷には立派なダイニングルームがあり、そこは日々の食事の場であると同時に社交の場でもあった。お腹が空くから食事をするのは庶民であり、貴族は食事の場をただの空腹を満たす場で終わらせることはない。
ダイニングルームに飾る絵画やタペストリー、テーブルセッティング、使う食器に加え、料理人から給仕する人間、客人のお出迎えを手伝うメイドやバトラーなどを含め、貴族の品格や富を示す場になっていた。
食事をするための完璧な空間と人材が屋敷には揃っている。ゆえに貴族は基本的に外食……レストランを利用しない。屋敷で食事が、前世感覚とはまた違った意味で当たり前だった。
だからこそティナの記憶を探っても、レストランでの食事の記憶はほぼなかったのだ。
「……昔、母さんと三人で行ったオリエンタル料理のお店へ行こうか?」
「はい。そうしましょう、お父様!」
そのお店のことは記憶の引き出しの中で既に見つけていた。エキゾチックな雰囲気のお店で、店内の装飾も異国情緒あふれている。父親は貿易関係の仕事をしているので、こういったお店への関心が高い。
提供される料理も独創的。貴族の晩餐会やディナーでは見かけない革新的な料理が多い。肉の串焼きには沢山スパイスが使われているし、ヨーグルトを使ったサラダなど、貴族が喜び、珍しいと感じる料理が多かった。
こうしてお店へ到着し、早速席に案内されると……。
「ほう。小麦で作った薄い生地に肉などを包み、茹でた料理。これは初めて見るな。頼んでみるかい?」
「はい! 食べてみたいです!」
案内された席は透け感のある水色や青、白のベールで席の周囲が囲まれており、まるで砂漠の中の天幕の中にいる気分になる。そして渡されたメニューブックで紹介されている料理も、普段食べない料理ばかりなので、父親のテンションも上がっている。
「ムール貝とバターライスを一緒に食べる料理もあるぞ。どうだ、ティナ、食べるかい?」
「お父様は船旅をされているので、シーフード料理も大好きですよね。頼みましょう!」
こんな風に選んでいると、二人では食べ切れない量になってしまうが……。
「別室で待機している使用人も食べてくれるから安心していい」
父親に言われ、ならばと食べたい物をすべて注文し、その結果……。
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次話は20時頃公開予定です~