43:苦い思い出?
さっき、挨拶をすぐにしなかった私に、殺気のようなオーラと共に声をかけたシャロン。彼女はアマリアからきつく指示を受けていると思うのだ。私が失礼なことをしないように見張る。かつ、アマリアとヴィオレットがコルディア公爵と会える約束を私が取り付けるのを忘れないよう、見張るようにと。厳しく言われているはずだ。それなのに別室で控えることになるとは……。
でもここは公爵邸。主導権は公爵家にある。さしものシャロンも大人しくするしかない。
つい背後の会話に気をとられてしまったが、そうではない。シャロンのことよりもコルディア公爵!
彼は『悪女は絶対に許さない』で、ティナの処刑の場にも登場していた。これが意味することは何なのか。しかもティナを憎悪のこもった目で見ていたのだ。
そこで考えた。
コルディア公爵はティナを恨んでいる。そのティナは実の父親を毒殺したことになっていた。
ということは……。
コルディア公爵は、マルティウス伯爵を恨むどころから好感度が高かった? レッド侯爵夫人のように、父親の商才を認め、良きライバルだと思っていた?
(コルディア公爵を真犯人候補に加えていたが、真逆だったということなの……?)
頭の中が疑問符でいっぱいになる。
「マルティウス伯爵令嬢……だったのですね。驚きましたよ。君が何者であるか分かって」
コルディア公爵は、周囲にいる使用人に聞こえないよう、小声で私に話し掛けた。
ハッとして私は意識を今に戻す。
「私も……あなたがコルディア公爵であると知り、とても驚きました。……その、私の父親とはモロッカ諸島での貿易の件で、遺恨とは言いませんが、苦い思い出がありますよね? マルティウス伯爵家のことは苦手だったりしませんか?」
いろいろ頭で思っていた疑問をぶつける形で尋ねてしまう。
心臓はドキドキしている。もし手袋つけていなかったら。緊張で手汗をかいていることが、エスコートされている手からバレていたかもしれない。
「モロッカ諸島……。ええ、船の乗り入れの件ですね。確かにあの時はマルティウス伯爵の商会の船の乗り入れが決まりました。でもそれは運のようなもの。コイントスをしているようなものです。選ばれなかったとしても……仕方ないという気持ちしかありません」
(これは……彼の本心?)
正面切って「ええ、本当に頭に来ましたよ」とはさすがに言えない。
「個人的にモロッカ諸島に興味があったのです」
「え……」
「モロッカ諸島はスパイス諸島と呼ばれ、目を引くのはスパイスですが、植物にも固有種がとても多いんです。その中でわたしの興味を引く植物があって……。その地でしか手に入らない、とても珍しいもの。よって船の乗り入れができたら、その植物も手に入れられると思ったのです。落ちた時は残念でした。でもそれだけです。マルティウス伯爵を恨んでいるとか、嫌っているとかはありませんよ。むしろマルティウス伯爵の商才は、称賛に値するもの。何より自らが現地に向かうところは素晴らしいと思います。……本当はわたしもそれぐらいフットワークが軽かったら良かったのに」
この言葉にはいろいろ思うところがあり、考えたくなるが、会話を止めるわけにはいかない。
「私の父親とコルディア公爵とでは、立場が全く違います! 統治している領地の規模も違いますし、経営している商会の数も違いますよね。それに公爵は王家とのつながりも強いです。公式行事や儀式への参加を求められれば、外交でもその手腕を発揮されることを求められます。何もかもスケールが違うんです。仮に父親が公爵だったら、王都を半年も空けるなんて無理ですよ!」
思わず熱く語ると、コルディア公爵は嬉しそうに笑う。
「君はなんだかわたしの良き理解者になりそうですね。そんなふうに言っていただけると、なんだかとても嬉しいです」
「そ、そうですか……」
そこで応接室へ到着したが、ソファセットとテーブルセット、そのどちらも飾られているのは花瓶にいけられた花々だけ。これには「?」となるが、テラスへと出る窓が開け放たれている。
「ローズガーデンを眺めながら、ティータイムを楽しもうと思いました」
これには「なるほど!」だった。
テラスに出ると、そこにはアイアン製のテーブルと椅子が置かれていた。テーブルには白いクロスが敷かれ、沢山の美味しそうなスイーツ、高級そうなティーセットが並べられている。
「どうぞ、お座りください」
着席して眺めたスイーツに、驚くことになる。
「これは……ストロベリーとローズを楽しむスイーツですか⁉︎」
「ええ。そうですね。公爵邸のパティシエが毎年この季節に作るスイーツです。ローズのマカロン、ローズの花びらの砂糖菓子、ローズ風味のパウンドケーキ、ローズの香りづけをした焼き菓子、ローズアイスクリーム……あとはストロベリーのタルト、ストロベリーロールケーキ、自家製ストロベリージャムとスコーンなど、いろいろご用意しました。お気に召すといいのですが」
「食べる前から気に入りました! なんて美しい見た目と香りでしょうか。ローズガーデンで咲き誇るローズを眺められますが、少し距離があります。でもここに着席すれば、その香りまで楽しめますよね。とても素晴らしいと思います!」
感動して興奮気味に答えると、コルディア公爵は嬉しそうな笑顔になり、席へ座るように勧めてくれる。その笑顔は心からのものであり、なんだか私の頬も自然と緩んでしまう。
「では早速、ティータイムを始めましょうか」
お読みいただき、ありがとうございます!






















































