42:心臓が止まりそうだった
公爵邸のある通りにやって来て、気付いたことがある。それはコルディア公爵の屋敷は、マルティウス伯爵家の屋敷から、そう遠い場所ではなかったということ。
ただ、それぞれの貴族の屋敷は前世のマンション一棟分はあった。そして高位貴族は自身の屋敷の四つ角には警備兵を配備していたりする。そうなると通りそのものに、用がないと立ち入りにくい。
意外にも近いのに遠い隣人が、どうやらコルディア公爵家だったようだ。
そう考えていたが、これは甘い考えだったと気付く。
なぜならコルディア公爵邸がある通りに入ったが、正門に幾ら走っても辿り着かない!
もしや通りを一本間違えた?と不安になったところで馬車が一度止まり、ようやく門に辿り着いたと分かる。御者が我が家の紋章を示し、門番が門を開閉し、ようやく公爵邸の敷地内に入れたが……。
ここが王都の一等地であることを、忘れるような空間が広がっている。
窓から見える建物、あれが母屋かと思ったが違う。多分、客人用の離れ、使用人の住まいなどの建物が立ち並び、その周囲は手入れされた庭になっている。
春爛漫で咲き誇る花々をたっぷり堪能すると、ようやくエントランスに到着した。
そこで悟る。
ひと区画全てが公爵家の敷地だったのだと。通常なら、このひと区画に三つの屋敷が建っていると思う。
改めて公爵家のすごさ、そして雲の上の存在であり、これまで接点がなくても当然と思えてしまった。
(これはもう王族みたいなものよ。宮殿と同等ぐらいでは!?)
マルティウス伯爵も、伯爵家の中では上位に分類される。だがとても足元にすら及ばないと思ってしまう。
「!」
そこで馬車が止まった。
忘れていた地味ドレス姿であることを思い出すが仕方ない。どうあがいてもこの姿なのだ。
(せめて立ち居振る舞いを伯爵令嬢らしくして、呆れられないようにしないと!)
できればこのドレスは盛大に汚れやほつれができて、処分する事態になることを願ってしまう。
カチャッと音がして、馬車の扉が開いた。
御者により既にステップが用意されているので、そちらに足を乗せ、馬車から降りる。シャロンは無言で私のドレスの裾を整え、馬車から降りやすいようにしてくれた。
「ようこそ、マルティウス伯爵令嬢」
フットマンが手を差し出し、私が馬車から降りるのをサポートしてくれた。馬車を降りるとバトラーが待機しており、そのままエントランスホールへ案内してくれる。
後から降りたシャロンはフットマンに土産品について説明していた。この後、御者やフットマンと共に土産品を馬車から下ろし、室内へ運んでもらうことになるのだろう。
一方の私はエントランスホールに入り、わざわざ迎えに来てくれたコルディア公爵と対面することになったのだけど……。
まさに心臓が止まりそうだった。
先日のデビュタントで会った時とは違い、昼間であり、とても明るい。その明るい中で見たコルディア公爵の髪の色は、はっきりそれと分かるアイスブルー。ふわりとオールバックではなく、さらさらの前髪をおろしている。そして瞳の色は紺碧色。
その美貌の顔を私は見たことがあった。
(どこで見たの?)
そこでハッとする。
前世で、見たんだ。
断罪から始まる悪女の回帰物語『悪女は絶対に許さない』の表紙にも登場し、私が唯一読んだ冒頭にも登場していた。
『とても身なりのいい美しい青年がいるが……。
紺碧色の美しい瞳には憎悪が宿っていた。
(見知らぬ相手から、あんな憎しみを込められた目で見られるなんて)』
処刑されるティナのことを、憎悪のこもった瞳で見つめていたと描写されている青年。それこそが、コルディア公爵だった……!
(これはどういうこと……?)
「ティナお嬢様、ご挨拶を」
シャロンの殺気を感じ、私は慌てて現実に意識を戻し、コルディア公爵に挨拶をする。それを受け、彼も改まった様子で挨拶を返す。そこで私はアマリアが用意したお土産の目録とも言える手紙を渡し、彼はその場で封筒を開け、御礼の言葉を述べてくれる。
ごちゃごちゃといろいろな物がてんこ盛りのお土産のはずだが、ツッコミがないことに、私は安堵だった。そんな私を見て、コルディア公爵は口元に微笑を浮かべると、「では応接室までご案内します」と手を差し出す。
背後ではバトラーとシャロンの会話が聞こえる。
「侍女の方は控え室へご案内します」
「! 私はティナお嬢様と一緒に」
「公爵邸の安全は保障します。また応接室には公爵邸のメイドが同席しますので、ご安心ください」
「でも」
シャロンはマルティウス伯爵家では幅をきかせていたが、ここでは違う。最終的に「分かりました」と観念した声が聞こえ、これには驚く。
(あのシャロンが引き下がるなんて!)
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