37:その瞳のじっとりした感じ
ヴィオレットの声に、心臓が止まりそうになる。声の聞こえた方を見ると、琥珀の間に近い通路に、ヴィオレットだけではない。ヴィオレットが好みそうな、ブロンドに碧眼の令息が一緒にいる。
男性とヴィオレットが二人きり。そうなることをアマリアが許したということは。一緒にいる令息は、アマリアのお眼鏡にかなった相手、ということになる。
(それはつまり……かなりの高位貴族なのでは?)
ヴィオレットの好みに合致し、しかもアマリアも認めた令息。そんな男性といるなら、ヴィオレットはさぞかしご機嫌だろうと思ったが……。
ヴィオレットの視線は、私の右側に注がれている。そしてその瞳のじっとりした感じ。この一年、何度も目にしてきた。
その瞳の奥に浮かび上がるのは「欲望」だ。この状態のヴィオレットから発せされる言葉は「お義姉様。これ、とっても素敵ね。私も欲しいな」である。
(まさか別の令息と一緒にいるのに、コルディア公爵に目を付けたの!?)
心臓がドキッとした瞬間。
「繰り返しとなりますが、琥珀の間は、この通路を真っ直ぐ進めば、すぐ右手に見えてきます。それではこちらで失礼させていただきます」
コルディア公爵は、これまでとは一転、声音が低くなった。さらにエスコートしていた私の手から、自身の手を離すと、クルリと背を向ける。そして何の躊躇もなく、歩き出してしまう。
これには呆然としかけたが「あ、ありがとうございます。助かりました」と何とか声を絞り出し、お辞儀をした。そうしている間にヴィオレットはこちらへと近づいてくる。
ヴィオレットから「探していたのよ、お義姉様!」と言われるのではとドキドキしたが……。
「お義姉様。今の方は? どなたなのですか? どうしてお義姉様とご一緒に? 知り合いなのですか?」
矢継ぎ早に聞かれ、辟易しかけるが、ヴィオレットはコルディア公爵に強い興味を持ってしまった。そこで私は……。
「レストルームへ行った後、庭園が素敵だったからちょっと散歩をしたら……道に迷ってしまったの。途方に暮れていたら、今の令息が私に声を掛け、ここまで連れて来てくれたのよ」
偶然声を掛けられ、ここまで案内してもらっただけであり、知り合いなどではないことをまず伝える。
「え、夜の庭園を散歩!? お義姉様が一人で? 怖くなかったのですか? 変な虫もいそうなのに」
「それは……でも月光に照らされる花は綺麗だったのよ」
これは本当に感じていたこと。目も慣れると、月光の柔らかい明かりだけでもいろいろなものを認識できた。迷子になっていた時に、流暢に「綺麗な花」なんて立ち止まりはしなかった。でも目の端で捉えた花を見て「美しい」と感じていたのは事実。
「それで親切に案内くださったあの方は?」
「知らないわ」
「えっ!」
「琥珀の間の場所も分かったし、御礼を言って、名前をお聞きしようと思ったのよ。でもまさにその瞬間にヴィオレットに声を掛けられて……。令息はあの通り。いなくなってしまったわ」
既にコルディア公爵の後ろ姿すら見えない。
完全にこの場から去ってしまった。
「そんな! というか、紋章を見なかったのですか!? 令息であれば、タイの飾り、カフスボタン、ポケットチーフにそれと示すものをつけていたでしょう! お義姉様、見ていなかったのですか!?」
「そう言われても……庭園は月明かりのみで、ようやくランプの明かりが見えるところに来たのよ。それまでエスコートしていただいていたけど、ようやく正面からその姿を見られると思ったら……」
ヴィオレットに声を掛けられ、それもできなかったということは、言うまでもなく理解できたのだろう。悔しそうにヴィオレットは唇を噛み締めた。その様子を見るに、ヴィオレットがかなりコルディア公爵を気に入っていたと伝わってくる。
ただ、ヴィオレットが悔しそうになる気持ちは……よく分かってしまう。だってコルディア公爵は間違いなく、ヴィオレットが好みそうな美青年だったのだから。
「ヴィオレット、さっきの令息のこと、知らないの?」
ヴィオレットと一緒にいる令息が口を開いた。
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