35:この世界で出会った男性の中で一番美しい
私は悲鳴を上げそうになったが、実際には声が出ることはなかった。なぜなら私の口は押さえられており、声を出すことが出来なかったのだ。
誰が押さえたのか、一瞬分からなかった。
だがすぐに理解することになる。
「レディ、申し訳ないです。でもここでもしあなたが叫び声をあげ、警備の兵がやってきたら……よからぬ噂が立ってしまうかもしれません。あなたは白いドレスを着ている。今日がデビュタントだったのですよね? いきなり社交界から爪弾きされるわけにはいかないでしょう?」
それはその通り。そしてこの落ち着きのある涼やかな声は、コルディア公爵に違いないと思えたので、私は素直にこくこくと頷く。
「理解いただけてよかったです。ではこれから手を離します。わたしは何もしません。ですから騒がないでくださいね」
ダメ押しに再びこくりと頷くと、ゆっくり彼の手が口から離れ、さらに腰に回されていた腕も離れていく。細身だが、力強さはある。きっと贅肉がなく、筋肉があるタイプだろう。
こうしてコルディア公爵に抱き寄せられるようにして、口を押さえられていたと気がつくことになった。そこに春の宵の月が降り注ぎ、目の前の長身のコルディア公爵の姿を照らす。
「!」
髪色は……碧みを帯びて見える。ほぼオールバックに近いが、それは撫でつけるような感じではなく、ふわっとした感じ。瞳の色は、夜の屋外であり、優しい月光の下では黒っぽく見えるが……。
月光の下だから際立つのは、その彫りの深さ!
鼻が高いし、形のいい唇をしていた。顔の輪郭もしゅっとしている。
ロバーツから容姿端麗と聞いていたが、その言葉に嘘はなかった。確かにものすごくかっこいい……。
(って、もう少し褒めようがあるのでは!? 自分のボキャブラリーの稚拙さが残念でならない!)
とにかく言えること。それはこの世界で出会った男性の中で一番美しかった。
その端正な顔であるが、どこかで見たことがあるような気もする。
「君はデビュタントなのに、なぜこんな場所に?」
「あっ、実は……その、母親と妹が、私に同行しているんです。その二人からダンスをした相手はどうだったのか、爵位は!?などと矢継ぎ早に尋ねられ……。勿論、デビュタントはそういう場であると知っています。よって母親と妹が間違っているわけではありません。でも楽しくダンスをしていた気分は吹き飛び、何だか一人になりたくなってしまい……テラスに向かったら、月が綺麗ではないですか。思わず庭園の方に出たら……初めての宮殿です。その……迷子になりました。そこで水音が聞こえたので、何だろうと思い……」
私の話を聞いたコルディア公爵は笑い出した。
「なるほど。そうだったのですね。それは災難でした。でも君が言わんとすることは理解できます。せっかくのデビュタント。楽しくダンスをしたいのに君の母君や妹君の発言は……わたしも不粋に感じます。そこは温かく見守って欲しいところです」
この言葉には思わず、「コルディア公爵、分かっていらっしゃる!」と、前世のノリで言いたくなるが、そこは我慢。
ただ分かったのは頭の硬い公爵でないということ。若いだけあり、柔軟性がありそうだ。
「ところであなたはなぜこちらへ?」
「わたしも君と同じようなものです。結婚相手探し、今はいいと思っています。他にすべきことも山とあるので……でも周囲はそれを許してくれない。けしかけられ、デビュタントの場に参加しましたが……。一人になりたいと思い、ここへ来たのです」
「そうだったのですね。私と確かに同じです……あっ、ごめんなさい」
「どうしました?」
そこで私は申し訳なさそうに伝えることになる。
「お一人になりたかったのに。私が現れ、邪魔をしてしまいました」
これは本心だった。
私の気持ちに共感を示し、紳士的に対応してくれている。とても利己的に誰かを手に掛ける、もしくは指示を出して悪さをする人間には思えなかった。そんなコルディア公爵が一人になりたいと思っているのに。邪魔をしたことを申し訳なく思ったのだ。
「君はおかしなことを言うのですね」
「!?」
「君だって一人になりたかったのでしょう? それなのにわたしがいるんですよ」
「あっ!」
「ここはお互い様だと思います」
これには「なるほど」だった。
「不思議なことに、今、君といてもストレスがありません。考え方が同じだからでしょうか。……ここは小さな広場です。ベンチはこの一つしかない。よければそこに座り、少し話でもしませんか? もしご迷惑でなければ。琥珀の間に戻りたいのなら、わたしがエスコートします」
お読みいただき、ありがとうございます!






















































