34:振り返るようにして左側を見て……。
「逃げ出した!?」と驚くと、ロバーツは庭園の方に顔を向ける。
「ここには迷路庭園があって、その手前はこぢんまりとした広場になっている。こぶりの噴水もあるそうだ。そしてそこなら誰も近づかない。デビュタントの最中、しかも夜に迷路庭園に入ろうなんて誰も思わないだろう? 穴場だ」
迷路庭園は、ただそれだけでも迷うと思う。もしも夜という暗い時間に入り込めば、朝まで出られないかもしれない。誰も近づかないは納得だ。
「そしてコルディア公爵は今、その迷路庭園手前の広場にいる」
「あ、そうなんですね。彼の動きを見張っていたのですか?」
「いや、違う。俺がアドバイスした」
「!?」
つまりはマダムと令嬢に囲まれ、辟易しているコルディア公爵に助け船を出したのが、ロバーツだった。「あそこなら誰も来ません。お一人でのんびり過ごせますよ」と。
「君の父親の命を狙うかもしれない男爵は、もう王都にはいない。二度と戻ることもないだろう。牙を抜かれたオオカミで、完全に隠遁生活だ。レッド侯爵夫人は敵ではないと分かっている。そしてコルディア公爵は……限りなく白に近いグレーという感じなのでは? 99%、何もないと思うが気になりはしている」
「それはまさにその通りです」
「そういう時は、直接会ってみることだ。特に女性は会った方が、相手の本性を見抜けると思う。男性に比べ、女性の直感は恐ろしく当たるからな」
これには「そうなんですか!?」と思わず尋ねてしまう。
「女性は驚くほど、勘が優れている。男性は基本的に単純だ。妻の浮気に夫は気付かない。しかし妻は夫の浮気を見抜く。これは調査専門の、この道うん十年の俺の経験から得た法則だ。あながち間違っていないと思うぞ」
そう言われると、確かにそうなのかもしれないと思えてしまう。そこはロバーツの話術が巧みなところも、影響していると思った。現にコルディア公爵も、ロバーツの言葉に、そのこぢんまりとした広場へと向かったのだから。
さらに前世でも、女性が浮気を見抜くという話は聞いたことがあった。女性はコミュニケーションを得意としており、男性の微妙な変化に気が付きやすいと何かで見た記憶がある。
「もし私が不安を払しょくできていないなら、実際にコルディア公爵と会い、話してみるといい──そう思ったのですね?」
「ご名答! ティナだったら、もし本当に相手が悪党なら『あ、この人、やらかしそう』と分かるはず!」
本当に分かるか自信はなかった。ただ、公爵なんてなかなか会う機会がない。しかも本人は新聞に載るのも嫌がる性格。それもあり、未だにコルディア公爵がどんな容姿なのか、それすら分かっていなかった。私がまだ、本格的に社交活動していないせいもある。だがとにかくコルディア公爵は謎だった。
(せっかくの機会をロバーツが作ってくれた。ここは会ってみるべきではないかしら!?)
そう思えた。
「分かりました。向かってみます。でも……私が戻らないとお母様やヴィオレットが……」
「大丈夫。そこはこのロバーツ様が何とかしておく」
「! ありがとうございます、ロバーツ様!」
ここはハンドシェイクで感謝を伝え、私はロバーツに教えてもらった道順で、そのこぢんまりとした迷路庭園前の広場へ向かったが……。
私は……前世でも迷子になりやすかった。スマホの地図を見ても、スマホを回転させ、自分が向かうべき方向を考える必要があったのだ。
ようは方向音痴!
宮殿の迷路庭園は、一般開放されているわけではない。宮殿に招待された貴族が余興として楽しむもの。そして今回、私は初めて宮殿にやってきたのだ。迷路庭園に行ったことはなく、しかも夜。ロバーツが言っていたこぢんまりとした広場の場所が分からない……!
(これならロバーツに、迷路庭園の近くまで送ってもらえばよかったわ)
デビュタントの会場に戻ることも考えた。しかしそちらの道もよく分からなくなっている。しかも明かりも少ないので、余計迷うことになったと思う。
途方に暮れ、ヨロヨロ歩いていたら、水音が聞こえる。
(もしやこれは小ぶりの噴水の音では!?)
そこで期待を込め、そちらへ向かうと……。
(あった! 小さな広場だわ! でも……コルディア公爵はいない?)
そう思ったが、ベンチは広場に入ってすぐ左側にあった。でも利き手が右の私は、つい右側を気にしていた。だがそこで何か気配を感じ、振り返るようにして左側を見て……。
暗闇にぼうっと浮かび上がる人の姿が見えたのだ!
その瞬間、コルディア公爵の存在は頭から吹き飛んでいた。私は盛大な悲鳴を上げることになり──。
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