31:琥珀の間
トムの采配のおかげで、ヴィオレットの衣装は目立ちすぎるマゼンタ色から、ミルキーピンクの優しい色合いのドレスに落ち着いてくれた。だがこんな我が儘を言い出す。
「お姉様がいつもつけているアメシストの蝶のブローチ。あれを貸してください! このドレス、可愛いけど、色がぼやっとしているから、きっとあのブローチがいいアクセントになると思うんです~」
ヴィオレットがこんな風に言い出した時。それを宥めるには時間を要する。そんなことをしてデビュタントに遅刻したくない。もし今日貸したら、このブローチは私の手元には戻って来ない可能性が高かった。それはため息が出そうな事態ではあるが、仕方ない。それにアマリアもヴィオレットがつけているなら、文句はないだろう。他人にあげたわけではないのだから。
「分かったわ、ヴィオレット」
こうしてヴィオレットにブローチを渡すと、喜んでドレスの胸元に飾る。それが終わると……。
「トム叔父様~!」
ヴィオレットはトムにべったりで、馬車でも彼の隣に座ることを主張。これにはアマリアは少しイラッとしていたが、ヘッドバトラーに「そろそろご出発された方がいいのでは?」と進言され、諦めて私の隣に腰を下ろした。
本当はアマリアもトムの隣に座りたかったようだ。これにはアマリアは既婚者であり、お父様がいるのに……と思ってしまうが。
本来ヴィオレットは、私の隣に座るのが妥当だった。何よりも私の手紙にもしっかり目を通し、異性との交流についても厳しいアマリアだからこそ、ヴィオレットが叔父さんにべったりなのは、気になるのかもしれない。
何はともあれ、馬車は出発。
その馬車の中では、トムが舞踏会で起きるハプニングの話を面白おかしく語るので、とても和んでいたと思う。ダンスの最中にかつらが飛んだ話。令嬢のドレスが破れ、脚が露出してしまった話など、聞いていると笑ったり、驚いたりでとても楽しかった。
そうしているうちに宮殿に到着。
訪れた宮殿には圧倒されることになる。
というのも貴族令嬢であっても。宮殿に出入り自由というわけではない。多くの王都に住まう貴族令嬢が、デビュタントで初めて宮殿の中に足を踏み入れることになる。
「まあ、すごいわ! これまで見たどんな建物より豪華!」
ヴィオレットはつい我を忘れ、エントランスホールの頭上を眺め、前方を見ていない。
「失礼。これはこれは! なんて美しい令嬢だ。お会いできて光栄です」
見知らぬ令息とぶつかったが、相手はなかなかにハンサム。ヴィオレットの瞳が輝くが、そこでその令息が男爵家の三男であると分かると――。
「ヴィオレット、こちらへ戻ってきなさい」
アマリアにピシャリと言われ、ヴィオレットは頬を膨らませるが、そのまますごすごとこちらへ戻ってくる。それでもヴィオレットがめげることはない。別の令息に声を掛けられて、相手がハンサムだとご機嫌になる。でもアマリアが相手の身分を耳にして「ノー」を出されて撃沈する……この繰り返しをしていた。
というか。
今日の主役は私のはず……だが、すっかりヴィオレットのお相手探しになっていることには、苦笑するしかない。
「おっと失礼」
通り過ぎる際、少し腕が触れただけなのに、丁寧にお辞儀してくれる人物がいる。
「大丈夫ですよ。お気遣いなく」と私は答え、「!」となる。きちんとテールコートを着て正装しているが、私にお辞儀をしたのは……。ブルネットで瞳はエメラルドグリーン、日焼けした肌をしている彼はロバーツ!
彼はアマリア、ヴィオレット、トムに気付かれないよう、ウィンクをしてくれる。
(まさかロバーツがデビュタントの会場にいるなんて!)
驚かずにはいられない。
(新聞社の記者だから、取材で入り込んだのかしら?)
ロバーツと話したい気持ちはあるが、アマリアに目をつけられると、面倒なことになるだろう。
そこで一旦、その場はロバーツと別れ、デビュタントのメイン会場である琥珀の間へと向かうことになった。
琥珀の間に到着し、私は思う。
(今宵、社交界デビューを飾る令嬢がこんなにもいるの!? 地方分散ができていても、これだけの数の令嬢の挨拶を受ける国王陛下夫妻は……大変だわ……!)
そんなことを思っていると、「デビュタントの令嬢はこちらへ」という声が聞こえてくる。琥珀の間に到着した白いドレスを着た令嬢たち――すなわち今日が社交界デビューの令嬢たちは、一箇所に集められていた。
というのもこの後、時間が来たら一人ずつ順番に、謁見の間に向かうことになるからだ。そう、そこで国王陛下夫妻に挨拶となる。
「お義姉様、頑張ってください!」
「ティナ。マナーレッスンで習った通りにするのよ」
「大丈夫だよ、ティナ。ただカーテシーをして微笑むだけだ。あっという間に終わる。変に緊張する必要はない」
ヴィオレット、アマリア、トムが順番にアドバイスをしてくれるが、トムの言葉が一番わたしの緊張をほぐしてくれる。
確かにあっという間に終わるし、力むと失敗しそうだ。肩の力を抜きつつ、日々のマナーレッスンを思い出し、落ち着いて挑もうと決意する。
「はい。ちゃんと国王陛下夫妻に挨拶をしてきます!」
そう宣言すると、まずは白いドレス姿の令嬢がいる場所へ、移動を開始した。
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