30:手紙
ヘッドバトラーが手にしている二通の封筒。それは父親と亡くなった母親からだという。
「えっ!? お母様からの手紙なの!?」
「はい。お亡くなりになる前に、いつかお嬢様が社交界デビューを迎える時におめでとうを伝えたいからとおっしゃられて……」
これには「そうなのね……!」と胸が熱くなる。
「ヴィオレット様のドレス選び、着替えをしている間、前室でアマリア様とトム様はお待ちになるとのこと。そちらへ飲み物とお茶菓子も運んでおります。使用人たちには待機部屋で控えるように命じましたので、しばらくお嬢様は一人きりです。どうぞゆっくり手紙をお読みください」
ヘッドバトラーの配慮に、自然と笑顔になり、答えることになる。
「ありがとう、助かるわ!」
さすがにアマリアとヴィオレットがいる時に、この手紙は読めないと思う。ヘッドバトラーの配慮には、心から感謝だった。
「それではわたしも失礼します」
六十歳とは思えない姿勢の良さできっちりお辞儀をすると、ヘッドバトラーは部屋を出て行く。私は彼が去り際に渡してくれたペーパーナイフで、早速封筒を開封した。
まず出てきたのは父親からの手紙だ。
『愛するティナへ
お前がデビュタントを迎えるなんて。ついこの間まで、よちよち歩きをしていたのに。本当に時が経つのは早いものだ。お前を残してロゼが亡くなって、十三年経つことになる。きっと見たかったと思う。お前の晴れ姿を。奇しくも父さんもティナの社交界デビューに立ち会えなくなってしまった。そこで気が付いた。これはロゼが……母さん仕組んだのかもしれないと。そこでティナにお願いがある。エントランスホールには一枚だけ、父さんと母さんとティナの三人の肖像画が残っている。あとは……父さんが再婚してしまったから、目の付く場所には飾っていない。小さな肖像画だが、そこへ行き、父さんと母さんに、ティナの晴れ姿を見せて欲しい。母さんも……ロゼもそう願っていると思う。
遠い南の島でティナのことを想っているよ:ノニス・ノヴァ・マルティウス』
父さんと母さんとティナの三人の肖像画――それがどれであるかなんて、探すまでもなかった。エントランスホールには、ご先祖様の甲冑が置かれていた。その影に隠れるように、ひっそり残された、たった一枚の三人の肖像画。
(見せに行くわ。お父様とお母様に!)
そこでソファから立ち上がりかけたが、その前に。母親が十三年前に書いてくれた手紙を見ることにした。
(これは……とても緊張するわね)
ティナが生みの親であるロゼと過ごせた時間はとても短い。しかも三歳。しっかり覚えている記憶はごくわずか。それでも。
母親を、ロゼを大好きだったという感情は残っている。
ドキドキしながらその手紙を取り出し、広げると――。まず文字の美しさに感動する。一文字一文字に想いがこもっているようだ。そこで早速読み進める。
『大好きなティナへ
まずはおめでとう、ティナ。あなたは今日、デビュタントに参加するのね。十六年。その年齢になるまで生きることができた。そこはお父様に感謝してあげてね。ティナがその年齢になるまで支えてくれたのはお父様なのだから。そして同時に。大人の仲間入りができるまでに成長したティナ。あなたは偉いわ。本当に。きっとちゃんと食事をして、たっぷり休んだからだと思うの。しっかり生きてくれて、ありがとう。
今日という日は、あなたの人生の中では通過点に過ぎない。今日がゴールではなく、これから先が続いていく。もしかすると今日は、新たなスタート地点に立ったのかもしれないわね。
この先、平坦な道のりばかりではないかもしれない。辛いこと、苦しいこともあるかもしれないわ。でもね、ティナ。お母さんはあなたを見守っているわ。
マルティウス伯爵家は代々ツバメからの加護があると言われているの。お母さんは残念ながら嫁いで来た身だけど、ティナは違う。お父様の血を継ぎ、その体にはマルティウス伯爵家の血が流れている。だからきっと。もしもの時はご先祖様の力があなたを守ってくれると思うの。守ってくれる、そう信じて、頑張って生きて。
あなたを大好きな:ロゼ・キーラ・マルティウス』
これを読んだ私は分かってしまう。
私が前世で読んでいた、断罪から始まる悪女の回帰物語『悪女は絶対に許さない』で、なぜ主人公のティナが過去に回帰できたのかを。きっとマルティウス伯爵家に代々伝わる血筋のおかげなんだわ。
でも大丈夫。
もう父親を毒殺しそうな男爵は排除した。一応、新聞などでコルディア公爵の動向も確認している。彼は王家と手を組み、新たな事業を手掛けることになったのだ。父親の毒殺なんて考えているどころではない。それどころかもし、父親を毒殺してそれがバレたら……。王家肝煎りの事業どころではなくなる。爵位剥奪でそれこそ彼自身が処刑されかねない。自らが破滅するような行動をとるわけがなかった。
(ティナが回帰することはない。処刑されることはないの。お父様も私もこの世界で生き続けるわ!)
亡くなった母親であるロゼの手紙のおかげで、物語の謎も思いがけず解けた。物語の冒頭しか読んでいないのに転生してしまった……と思ったけれど、こうやって今もちゃんと生きている。
両親からの手紙は大切にしまい、そっとリビングルームを出て、エントランスホールへ向かう。そして例の甲冑のところまで移動して、静かに両親と自分が描かれた肖像画の前に立つ。
ゆっくり、カーテシーで挨拶を行う。
「お父様、お母様。ティナは十六歳となり、今日、社交界デビューを飾ります。これからデビュタントへ行ってきますね」
お読みいただきありがとうございます!
明日は新作の公開もあるのでお楽しみに☆彡






















































