3:異世界転生していました!
大変なことになっていた。私は……幽霊ではない。だが多分、元いた世界で私は……死亡したようなのだ。そしてなぜか別の世界に魂がやって来ている。
そうなのだ。ここは私がスマホで読んでいた、断罪から始まる悪女の回帰物語『悪女は絶対に許さない』の世界であると、理解することになった。
なぜなら私の名前は……。
「ティナお嬢様、まだ寝惚けています? お嬢様の名前はティナ・ラニア・マルティウスですよ。マルティウス伯爵の一人娘で伯爵令嬢です。ちなみに私はお嬢様の侍女のハンナですよ」
部屋……寝室にやって来た侍女……ハンナからそう言われたのだ。
これにはもうビックリだ。ついさっき読んだばかりなので、さすがにその名前に聞き覚えがある。しかも年齢を確認すると、現在十五歳。父親殺しでティナが処刑されるのは十六歳だった。つまり私がいるのは、物語の冒頭ではない。
(これは一体どういうことなのかしら!?)
最初は、死亡した私の魂がこの世界にやって来て、物語の主人公であるティナに憑りついたのかと思った。だが着替えを手伝うメイドと話していると、どうもそうではないとじわじわ気付くことになる。
「今日のお嬢様は何だか変ですよ? よほどの悪夢でも見たんですか?」
そんなふうに言われながらもメイドと会話をしていると、いろいろなことを思い出すのだ。ティナの記憶が脳内で展開されている! それは昨日のティータイムでピーチタルトを食べたことから、幼い頃に父親に内緒で街へ繰り出しことなど、直近のことから、最近のことまで。それはもう様々。
そこで分かったこと。
私は『悪女は絶対に許さない』の世界に転生していた。ただ、前世記憶がないまま、十五歳まで成長していたようなのだ。ところが今回寝ている時に、突然前世記憶が覚醒した。つまりフードコートで死亡する寸前の記憶が、寝ている間によみがえったようなのだ。
(なぜ、ここで記憶が覚醒したの?)
その理由、正解は分からない。そこで推測することになる。
(無実の罪で死ぬことになるティナが、そうならない未来のための分岐点。それこそが十五歳の時にあるのでは!? もしくは真犯人に十五歳の時に出会う?)
分からないことだらけであるが、無意味に前世の記憶が覚醒したわけではないはず。きっと意味があると思うのだ。
「さあ、お嬢様。お着替えは完了です。朝食を召し上がれば、目もしっかり覚めるはず」
侍女に言われ、そこで気が付く。ものすごくお腹が空いていると。
前世でもお腹が空いていたからこそ、フードコートで遅い昼食を食べようとしていた。注文したのはカツ丼だった。
(ああ、カツ丼食べてから逝きたかった……)
そんなことを思いながら、ダイニングルームへ向かう。
将来親殺しで処刑される伯爵令嬢に転生している割に緊張感がなさ過ぎ……と、思われてしまうかもしれない。だが人間、腹が減っては戦ができぬ、だ。無実の罪を着せられないよう、動く必要はある。
(でもその前に、脳へ栄養を補給しないと、何も考えられないわ!)
ということでダイニングルームへ到着すると、リアルで対面は初めましてとなるお父様……ノニス・ノヴァ・マルティウス伯爵がそこにいる。
ティナより明るいプラチナブロンドの髪に、淡い水色の瞳。着ているのはターコイズブルーのセットアップだが、それがよく似合っている!
経営している商会は、交易品を扱うため、ティナの父親は海外出張が多かった。大陸でつながっている国も多いが、ティナの父親が扱うのは、コーヒー豆やスパイス。ゆえに船旅を繰り返している。そのせいで、よく日焼けした肌をしているし、船長に見えるぐらい立派な体躯をしていた。
現在の年齢は三十七歳であると、さっきメイドから教えてもらっている。しかし年齢よりも若く見え、大変精悍だった。
「ティナ! おはよう」
そう言うと父親は読んでいた新聞を置き、わざわざ席から立ち上がり、私のところまでやってくる。
「今日も僕の姫君は大変麗しいな。その明るいアイリス色のドレスもとてもよく似合っている。ティナのお母さんも好んでこの色のドレスを着ていた。初夏のこの時期、庭の一角ではラベンダーの花が咲いている。それを示し『お揃いでしょう』と言ってな」
私のことを盛大にハグする父親からは葉巻の香りがほんのりする。バニラのような少し甘い香りだ。
「ティナはどんどんお母さんに似てきたな。来年、ティナは十六歳になる。今日はデビュタントで着るドレスの注文をしに行こう」
その言葉にドキッとする。
物語で十六歳は、ティナの享年だった。
お腹が空いたからいろいろ後回しにしているが、そんな場合ではないのではと、少し焦る。
「外出する前に。腹が減っては戦ができぬ、だ。まずは朝食を摂ろう! ティナの大好きなハーブ入りソーセージもあるぞ。さあ、食べよう!」
父親の言葉に私の緊張感は緩む。
なぜなら私もまさに腹が減っては戦ができぬと考えていたのだ。
(親子だからかしら? 同じことを思いつくなんて)
そこで気付く。
「……お母様は? ヴィオ」
そこで父親が再び私をぎゅっと抱きしめる。
「ティナ……。お母さんの夢でも見たのか? お母さんは……ロゼはティナが三歳の時に、流行り病で亡くなったじゃないか」
そう言われて理解した。
確かにティナの実母であるロゼは、病気により亡くなっている。その記憶は確かにあった。そして私が今、口にしたお母様=継母のアマリアのこと。どうやらまだ父親と継母は出会っていないようだ。
ティナの十五年間の人生は、現在進行中で少しずつ思い出している。前世記憶が覚醒し、そちらの記憶が今はメインの状態。でもティナの脳には確かにこの世界で生きた十五年間があるわけで、そちらの記憶もしまわれている。そこで継母と義理の妹ヴィオレットの記憶が見つけ出せていないと思ったが、そうではなかった。まだ二人は家族になっていなかったのだ。
「お嬢様はどうやらまだ寝惚けていらっしゃるようです。朝食を召し上がったら、お腹もしっかり目覚め、頭も冴えるかと」
侍女のハンナがフォローし、父親は「そうか。なるほど。そうだ。朝食を食べよう」と笑顔になる。
こうして私と父親は着席し、早速朝食をいただくことにした。
お読みいただき、ありがとうございます!
ちなみにカツ丼にするか天丼にするか迷い、カツ丼でした♡
次話は明日の朝6時頃に公開します。
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