28:Speech is silver, silence is golden.
私の方へ近づくアマリアには、ドキドキさせられてしまう。
なぜなら大ぶりのバストが揺れ、しかも透け感のある下着からその先端の膨らみまで分かる状態なのだ。私は慌てて視線を逸らす。
「ティア」
屈んだアマリアの顔が耳元に近づき、心臓が大きく跳ね上がる。
「もしかして下着が脱げず、苦戦していたこと。気付いていたのかしら?」
アルコールが香る生温かい息が耳にかかり、鳥肌が立つ。
「!? い、いえ。そういうわけではなく。普段、ドレスの着替えはメイドに手伝ってもらっていると思うので……それに塗れた服が肌にへばりつき、着脱しにくくなっているのではと……今更ながら思い至ったのですが……」
本当は室内の会話が聞こえていたが、盗み聞きしたと思われたくなかった。しかもその会話は実にきわどいものだったと思う。冗談で言った言葉とはいえ、アマリアだって聞かせたくなかったはず。
ここは知らぬ存ぜぬで通そうと思っていた。
「なるほど。ティアは想像力が豊かね。ドレスを着たまま水の中に落ちた経験なんてないでしょうに。ふふ。でもそうなのよ。体中に衣類が張り付いて大変だったの! 下着もね、侍女があの後すぐ来てくれたから、なんとか脱ぐことができたわ。その後、街の女性が着ている服に着替えたけど……本当に下着が楽ちんだったわ」
ようやくアマリアが離れ、私は安堵することになる。だが……。
「Speech is silver, silence is golden――ティナはこの言葉、知っているかしら?」
もうギクリとして心臓が止まりそうになる。
だってその言葉、話すことは銀であり、沈黙は金だと言っているのだ。ようは余計なことを言うなと、牽制されているも同然なのだ。
本当に私が盗み聞きしていないか。確信を持てないからだろう。もし私が盗み聞きしていたなら、この一言ですべて悟ると思っている。さらに私が聞いてしまったことを話したら、ただではおかないという脅しでもあるのでは!?
動揺を悟られてはいけない。
気付かれないように深呼吸をして答える。
「お母様。その言葉、知っています。出典は不明ですが、古の賢人たちにより伝えられたとか」
なぜ突然この諺が登場したのか分からないという表情でアマリアを見る。その瞬間、アマリアの瞳は猛禽類みたいに鋭く私を一瞥した。ここは素直に、ビクッと体を震わせ「お母様……?」と尋ねる。
なぜそんな風に見られるか分からない――という意味を込めて。
するとアマリアは聖母のように微笑み、私をぎゅっと抱きしめる。
「ごめんなさい、ティナ。何でもないの。どうも私が勘違いしていたみたい」
「? は、はいっ。勘違い、ですか。分かりました」
「さっきのことは忘れて。……そろそろドレスへ着替えるわ。夕食で会いましょう」
薄い下着で触れることになったアマリアの肌は熱かったが、すっかり肝が冷えていた私は、震えそうになるのを必死に堪えることになった。
◇◇◇
デビュタントまで時間があったが、トムはもうアウトドアで遊ぶことは提案しない。
あんなトラブルがあった。あの時はアマリアが池に落ちたが、もし私が落ちていたら、怪我でもしたら大変なことになっていた――とトムは考えたようだ。
「今日は誰か、チェスの相手をしてくれないかな?」
「ちょっと街で演奏会でも聴きに行かないか」
そんなことを言い出した。
これにはアマリア、ヴィオレット、私の三人が応じ、応接室で順番にチェスの相手をして、全員で街のホールへ足を運んだ。
その合間にダンスとマナーや礼儀のレッスンは続いていた。他にも文学や教養など、家庭教師に授業を習うことになる。
もしもトムがボート遊びのような提案をしたら、ダンス以外はお休みにしてもらえたが、そうではないので、いつも通りに学ぶことになった。ヴィオレットはデビュタントまで家庭教師が来ないと思っていたので、とても不服そうだった。
一方のアマリアとトムにおかしいところはない。やはりあれはきわどい大人の言葉遊びだったのだろう。
それでも誰かが聞いていたら、勘違いされる。
アマリアはまだ再婚から一年も経っていない。しかもトムは義理の兄になるのだ。そんな相手と夫が不在の最中に何かしていたとバレたら、大変なことになる。
ゆえに私に牽制をするような態度をとったのだろう。
その後、アマリアが私を監視するような言動もない。もう盗み聞きしたのでは?という疑いは晴れたと思えた。
そしてそんなこんなで、遂にデビュタントの日を迎えることになった。
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